病院M&Aの相場と進み方|買う側の医師から見た価格の決まり方

この記事の結論

  • 相場は時価純資産+正常利益2〜5年分が目安
  • 価格を決めるのは医師の残留と建物・病床
  • 成立までは通常6〜18か月かかる

「病院を誰かに引き継ぎたい」「近隣の病院を引き受けられないか」というご相談は、ここ数年で明らかに増えました。そして最初に必ず聞かれるのが、病院M&Aの相場です。私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人経営と病院・クリニックの経営改善に取り組んでおり、買う側として案件を検討する場面もございます。その立場から結論を先に申し上げます。病院M&Aの価格は「時価純資産+営業権(のれん)」で組み立てられ、営業権は正常な利益の2〜5年分が一つの目安です。ただし、この幅のどこに着地するかを決めているのは、決算書そのものよりも「医師が残るか」「建物と病床がどうなっているか」でした。

目次

病院M&Aの相場はいくらが目安か|価格の決まり方

病院M&Aとは、病院や医療法人の経営権を第三者へ引き継ぐ取引のことです。株式会社の売買と違い、医療法人は剰余金の配当が禁じられているため、価格の考え方も独特になります。

実務でよく使われるのは、年買法(ねんばいほう)と呼ばれる考え方です。式にすると次のようになります。

譲渡価格 ≒ 時価純資産 + 正常利益 × 2〜5年分

ここでいう正常利益とは、決算書の利益をそのまま使うのではなく、その病院が本来持っている稼ぐ力に引き直した数字です。具体的には、理事長やご家族への役員報酬を市場水準に戻す、理事長個人に紐づく保険料や車両費を除く、同族所有の不動産を払っている賃料が相場から離れていれば適正化する、といった補正をかけます。私が数字を見るときも、まずこの補正から入ります。表面上は赤字でも、役員報酬を戻すと十分な利益が出ている病院は珍しくありません。

営業権(のれん)は正常利益の何年分か(目安)

黒字が続き、常勤医師も残る3〜5年分
標準的なケース2〜3年分
院長個人への依存が強い・赤字0年分(純資産のみ)

私が実務で見聞きする範囲の目安です。案件ごとの差が大きく、この幅を外れる例もあります。

金額のイメージとしては、無床診療所であれば数千万円から1億円台に収まることが多く、病床を持つ病院になると土地建物の評価が乗るため数億円規模になります。一方で、老朽化した建物と借入を抱えた赤字病院では、譲渡対価が実質ゼロで、買い手が債務と雇用を引き受ける形で成立することもあります。「病院だから高く売れる」とは限らない、というのが正直なところです。

出資持分の譲渡と病院の事業譲渡はどう違うのか

※写真はイメージです

病院M&Aの手法は大きく分けて、法人ごと引き継ぐ形と、事業だけを切り出して移す形の二つです。どちらを選ぶかで、価格も税金も手続きの重さもまったく変わります。

項目 出資持分の譲渡(法人ごと) 病院の事業譲渡
移るもの 医療法人そのもの(資産・負債・契約を包括) 不動産・設備・在庫など個別に選んで移す
許認可 原則そのまま継続 承継されず、新規の開設許可が必要
職員の雇用 そのまま継続 いったん退職し、再雇用の手続きが必要
簿外債務のリスク 引き継いでしまう(調査が重要) 切り離しやすい
主な税負担 売主個人の譲渡所得課税 法人への課税、資産に消費税・不動産取得税等
向くケース 持分あり社団医療法人で、黒字が続いている 複数事業のうち一部だけを整理したい

注意していただきたいのは、2007年の医療法改正以降に設立された医療法人には出資持分がない、という点です。持分のない法人では「持分を売買する」という発想が使えず、理事長・社員の交代と基金の取り扱い、あるいは合併や事業譲渡によって実質的な承継を組み立てます。この場合、譲渡対価の設計そのものが専門的な論点になりますので、必ず医療法人に詳しい税理士・弁護士に入っていただくことをお勧めします。2026年時点の制度を前提にお話ししていますが、医療法も税制も改正されますので、着手時点で最新の内容をご確認ください。

そして病院の事業譲渡でいちばん重い論点が、病床です。事業譲渡では許認可が引き継がれないため、原則として新規の開設許可を取り直すことになります。地域の基準病床数や地域医療構想の状況によっては、同じ病床数をそのまま再取得できるとは限りません。ここは価格以前の前提条件ですので、早い段階で都道府県の担当部署に相談しておく必要があります。

相場を動かすのは決算書より現場|6つの確認点

買い手として資料を読むとき、私が価格の妥当性を判断するために見ているのは次の6点です。売る側の先生も、この順に自院を点検してみてください。

  • 常勤医師が譲渡後も残るか。医師が一斉に抜ける前提なら、営業権はほぼ評価できません
  • 土地建物は所有か賃借か。築年数、耐震、今後10年で必要になる修繕・更新の金額
  • 病床の種類(一般・療養・回復期など)と稼働率、平均在院日数の推移
  • 借入残高と、簿外になりがちな負債(未払残業、退職給付、リース、係争)
  • 人件費率。病院では50〜55%程度が一つの目安といわれ、ここが大きく外れていれば理由を確認します(クリニックのスタッフ適正人数の考え方は、病院の部門別配置を点検するときにも使えます)
  • 商圏の人口動態と、紹介元・紹介先の関係。地域の中でその病院が担っている役割

この中で価格への影響がいちばん大きいのは、やはり医師です。院長先生の人柄と腕でもっている病院は、経営としては見事でも、承継の局面では評価が下がります。厳しい言い方に聞こえるかもしれませんが、買い手は「先生がいなくなった後の数字」しか買えないためです。

病院M&Aの事例に見る、値がつく病院とつかない病院

※写真はイメージです

具体的な案件の内容は申し上げられませんので、私のもとに寄せられるご相談で多いパターンを、匿名の形で二つご紹介します。

値がつきにくい

関東近郊のS病院。理事長先生が70代で、外来も手術もほぼ一人で担っている。建物は築40年超で、耐震と設備更新の見積もりが数億円。

私の見立て:営業権はほぼ乗らず、実質は不動産の評価と債務の引受の話になります

値がつきやすい

地方都市のK病院。常勤医が複数名おり、事務長が数字を管理している。療養病床の稼働が安定し、介護事業も併設。

私の見立て:正常利益の3年分前後を営業権として提示できる余地があります

この差は、才能ではなく仕組みの差です。院長が抜けても回る体制、部門ごとの数字が月次で出てくる状態、それを見ている管理職。これらがあるだけで、買い手から見た将来の確からしさが変わります。病院M&Aの事例を並べていくと、結局は「引き継げる形になっているか」に尽きると感じています。

裏返せば、譲渡を考え始めてから価格を上げる余地も残っています。医師の採用に1年かけて常勤を1名増やす、非効率な部門を整理する、賃貸借契約や名義を整える。こうした準備に2〜3年を充てられるかどうかで、提示される金額は変わります。

病院M&Aはどう進むのか|6〜18か月の流れ

ご相談から成立まで、おおむね半年から1年半です。行政手続きが挟まる分、一般の企業のM&Aより長くなる傾向があります。

  1. 意向の整理と数字の棚卸し
    いつまでに、何を残したいのか。職員の雇用、屋号、ご自身の残留期間まで含めて決めます。直近3期の決算書と部門別の数字を揃えます。
  2. 相手方の探索
    名称を伏せた概要資料で候補に打診します。情報が漏れると職員が動揺しますので、秘密保持契約は必ず先に結びます。
  3. トップ面談
    条件より先に、相手が地域医療をどう続けるつもりかを確認します。私が売主側に同席するときも、ここを最重視しています。
  4. 意向表明と基本合意
    おおよその価格、独占交渉期間、スケジュールを書面にします。この時点の価格はまだ暫定です。
  5. デューデリジェンス(買収監査)
    財務・税務・法務・労務を専門家が調査します。未払残業や許認可の不備が見つかると、ここで価格が下方修正されます。
  6. 最終契約と行政手続き
    社員総会・理事会の決議、都道府県への定款変更認可や役員変更の届出、保健所・厚生局への手続きを進めます。ここに数か月かかります。
  7. クロージングと引き継ぎ
    対価の決済後、最初の3か月が肝心です。職員への説明の順番を誤ると離職が続きますので、伝える相手と時期を事前に設計します。

費用面も申し上げておきます。仲介会社に依頼する場合、成功報酬はレーマン方式(譲渡金額5億円以下の部分に5%など、金額帯ごとに料率が下がる方式)が一般的で、加えて最低報酬額が設定されていることが多いです。着手金や中間金の有無は会社によって異なります。さらにデューデリジェンスの実費として、税務・法務であわせて数百万円規模を見ておくと現実的です。契約前に、どの費用がいつ発生するのかを必ず書面で確認してください。

売る側・買う側が今日からできる準備

最後に、相場を調べる前に手をつけていただきたいことをまとめます。

売る側であれば、まず直近3期分の決算書に、役員報酬・地代家賃・保険料の内訳を書き出してみてください。それだけで、買い手が見る「正常利益」の姿がおおよそ掴めます。次に、退職金規程と未払残業の有無を確認します。この二つは、デューデリジェンスで最も価格が動く箇所です。

買う側であれば、価格の前に、その地域で3年後も患者数が保てるのかを見ます。数字は作れますが、人口動態は作れません。

そして、どちらの立場でも申し上げたいのは、一人で判断しないでいただきたい、ということです。承継は先生の人生の話でもあり、体調や家族の事情が引き金になることも少なくありません(開業医が病気になったらどうなるかという観点は、承継を考えるときの出発点になります)。院長という立場は、相談相手が見つかりにくい職です。私自身も同じ場所にいたので、それはよくわかります。仲介会社に相談する前に、利害のない相手に一度話してみるだけで、条件の見え方が変わることがあります(院長の相談相手を作る方法もあわせてご覧ください)。

私が運営する医師のコミュニティでも、承継や譲渡のご相談は年々増えております。相場という数字は交渉の入口にすぎません。何を残したいのかが決まっていれば、価格の判断は驚くほど楽になります。そのお手伝いができれば幸いです。

よくある質問

Q. 病院M&Aの相場はどのくらいですか?

A. 時価純資産に、正常利益の2〜5年分を営業権として加えるのが一つの目安です。医師が残るか、建物と病床の状態がどうかで幅の中の位置が決まります。

Q. 赤字の病院でも譲渡できますか?

A. できます。営業権は乗りにくく対価が実質ゼロになることもありますが、買い手が債務と雇用を引き受ける形で成立する例は珍しくありません。

Q. 事業譲渡なら病床もそのまま引き継げますか?

A. 許認可は承継されないため、原則として開設許可を取り直します。基準病床数の状況次第で同数を再取得できない場合があり、早期に都道府県への相談が必要です。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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