医療法人の出資持分と相続税|持分なし移行を検討すべき人

この記事の結論

  • 出資持分の相続税評価は出資額ではなく法人の純資産で決まる
  • 対策は大きく4つ。分かれ目は承継者の有無と内部留保の厚さ
  • 認定医療法人なら持分放棄に伴う法人への贈与税が非課税になる

「先代から引き継いだ医療法人の出資持分に、相続税が数千万円単位でかかると言われた」。この種のご相談は、私のところに毎月のように届きます。結論を先に申し上げます。医療法人の出資持分は、相続税の計算上、払い込んだ出資額ではなく法人に積み上がった純資産をもとに評価されるため、当初の出資額の数十倍になることがあります。対策の選択肢は大きく4つ、判断の分かれ目は「承継する医師がいるか」と「内部留保がどれだけ厚いか」の2点です。私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人経営と病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。同じ論点で手が止まる先生が非常に多いので、順を追ってお伝えします。なお税制も医療法制も変わりますので、以下は2026年時点の一般論としてお読みいただき、個別の判断は必ず税理士・弁護士にご確認ください。

目次

医療法人の出資持分とは何か|まず自院がどちらか確認する

出資持分とは、医療法人の社員(=出資者。従業員ではなく社団の構成員を指します)が出資額に応じて持つ財産権で、退社するときの払戻しと、解散するときの残余財産の分配を請求できる権利をいいます。

2007年4月に施行された第五次医療法改正で、新しく設立する医療法人に出資持分を設けることはできなくなりました。それ以前に設立された法人は「経過措置型医療法人」として、当分の間そのまま存続することが認められています。つまり、2007年3月以前に設立された医療法人であれば、持分ありである可能性が高いということです。

意外に多いのが、自院がどちらなのかを院長ご自身が把握していないケースです。とくに先代から承継した法人にその傾向があります。まずは次の5点を確認してください。ここまでは専門家に依頼しなくても、今週中にご自身で終えられます。

  • 定款に「出資持分」「残余財産は出資額に応じて分配する」旨の条項があるか
  • 設立認可の年月日が2007年3月31日以前か
  • 出資者名簿があり、誰が何口(いくら)出資しているか特定できるか
  • 先代の相続の際、出資持分の名義がどう動いたか記録が残っているか
  • 直近の決算書の純資産(資本の部)がいくらになっているか

この5つが揃っていない状態では、対策の議論に入れません。逆に、揃ってさえいれば税理士との初回相談は一気に進みます。

なぜ出資持分の相続税評価は膨らむのか

理由は単純で、医療法人は剰余金の配当が禁止されているからです。利益を出資者に配ることができないため、毎期の利益から役員報酬と税金を差し引いた残りが、そのまま法人の内部に積み上がっていきます。開業から20年、30年と黒字を続けてきた法人ほど、純資産は大きくなります。経営がうまくいった法人ほど相続税の問題が重くなる、という構造です。

相続税の計算上、出資持分は取引相場のない株式に準じて評価されます。法人の規模に応じて類似業種比準方式と純資産価額方式(またはその併用)で計算しますが、含み益のある不動産をお持ちだったり、内部留保が厚かったりすると、評価額は当初の出資額とはまったく別次元の数字になります。

出資持分の評価額イメージ(目安)

設立時の出資額1,000万円
法人の純資産(簿価)2億円
出資持分の相続税評価額1億8,000万円

説明のための目安です。実際の評価額は法人の規模、資産構成、直近の業績により大きく変わります。試算は必ず税理士にご依頼ください。

仮に評価額1億8,000万円の出資持分を他の財産と合わせて相続した場合、税率区分によっては数千万円規模の相続税が発生します。問題は、この持分が簡単には換金できないことです。上場株式のように市場で売れるものではなく、買い手も事実上限られます。現金は入ってこないのに、納税資金だけが現金で必要になる。これが出資持分の相続がやっかいだといわれる本質です。

何も手を打たないと何が起きるのか

私が実際にご相談を受けてきた範囲でも、放置した結果として起きることは、だいたい次の3つに集約されます。

1つ目は、納税資金の不足です。相続税は原則として現金一括納付ですが、相続財産の大半が換金できない出資持分だと、自宅や生命保険で足りない分をどう作るかという話になります。2つ目は、相続人が複数いる場合の持分の分散です。医療に関わらないご家族に持分が渡り、後日「払い戻してほしい」という請求が起きると、法人から多額の現金が出ていきます。3つ目が、その払戻しによる法人の資金繰り悪化です。払戻しは法人の純資産を直接削りますので、規模によっては借入や設備投資の計画が根本から崩れます。

手を打たないまま相続が発生

評価額が確定してから慌てて対応。納税資金の工面と相続人間の調整を同時に進めることになり、選べる手段がほとんど残っていない。

持分なしへの移行は、相続発生後では選択肢に入りにくい

生前に方針を決めた場合

評価額を試算したうえで、持分ありのまま承継するのか、持分なしへ移行するのかを家族と共有。数年かけて段階的に進められる。

移行を選ぶ場合、認定申請から移行完了まで年単位の時間がかかる

相続は、いつ起きるか選べません。院長ご自身が突然動けなくなったときに何が起きるかという点は、開業医が病気になったらどうなる|倒れる前に備える5つの準備でも整理しておりますので、あわせてご覧いただければと思います。

対策の選択肢は4つ|持分ありで続けるか、持分なしへ移行するか

※写真はイメージです

出資持分の相続対策は、突き詰めると次の4つのいずれか、またはその組み合わせになります。どれが正解というものではなく、承継者の有無と法人の状況で答えが変わります。

選択肢 内容 税務上の扱い(概要) 向いている法人
持分ありのまま承継 役員退職金の支給などで評価が下がる時期を捉え、生前贈与や相続時精算課税で承継者へ移す 贈与税・相続税は原則として課税される 承継する医師がいて、納税資金を準備できる
出資額限度法人 定款を変更し、退社時の払戻しを出資額を限度とする形に改める 相続税評価そのものが下がるわけではなく、社員間の課税関係にも論点が残る 分散した持分の払戻しリスクを抑えたい
認定を受けずに持分なしへ移行 出資者が持分を放棄し、持分なし法人へ移行する 放棄によって法人に贈与税が課される場合がある(相続税法66条4項) 認定要件を満たせないが持分を整理したい
認定医療法人として移行 移行計画について厚生労働大臣の認定を受けたうえで持分なしへ移行する 持分放棄に伴う法人への贈与税が非課税となる 承継者がいない、内部留保が厚い、要件を満たせる

ここでよく誤解されるのが、持分なしへの移行は「損をする選択」ではないか、という点です。たしかに出資持分という個人財産は失われます。ただし、そもそも払い戻せば法人が立ち行かなくなる規模の持分であれば、実質的に換金できない財産に相続税だけがかかっている状態でもあります。何を守りたいのかを先に決めることが大切だと考えております。

認定医療法人とは|要件と移行の進め方

認定医療法人とは、持分なし医療法人へ移行する計画について厚生労働大臣の認定を受けた医療法人のことで、認定を受けると、出資者が持分を放棄した際に法人へ課され得る贈与税が非課税になる制度です。持分の相続税問題に正面から対応できる、現時点で最も直接的な手段といえます。

2026年時点では、移行計画の認定申請の期限は2026年12月31日までとされています。この制度はこれまでに複数回延長されてきた経緯がありますので、必ず最新の税制改正と厚生労働省の公表資料をご確認ください。また認定を受けた後は、原則として3年以内に移行を完了させ、移行後も一定期間(6年間)にわたって要件を満たし続ける必要があります。途中で外れると認定が取り消され、猶予されていた税負担が生じる可能性があります。

主な認定要件(2026年時点の概要)

細目は要領で定められていますが、実務で論点になりやすいのは次のあたりです。

  • 役員に占める親族等の割合が3分の1以下であること
  • 法人関係者に対して特別の利益を与えていないこと
  • 社会保険診療等に係る収入金額が全収入金額の80%を超えていること
  • 医業収入が医業費用の150%の範囲内であること
  • 法令違反や帳簿書類の不備がないこと

とくに最初の「親族等が3分の1以下」は、実際にいちばん引っかかりやすい要件です。院長・配偶者・お子さんで理事を固めている法人は珍しくありません。配偶者が事務長を務めている場合の考え方はクリニックの事務長は妻でいいのか|仕事内容と報酬・代行の選び方でも触れております。役員構成を変える必要があるなら、その調整だけで半年から1年かかることもあります。

  1. 現状把握
    定款、設立認可年月日、出資者名簿、直近3期の決算書を揃えます。ここが揃わないと何も始まりません。
  2. 評価額の試算
    医療法人の評価に慣れた税理士に、出資持分の相続税評価額を試算してもらいます。金額を見てから方針を決めます。
  3. 方針の決定
    承継者の意向を含め、ご家族と方針を共有します。持分なしへ移行するなら後戻りはできません。
  4. 要件の点検と体制整備
    役員構成や社会保険診療の割合など、認定要件を満たせるかを確認し、必要な調整を行います。
  5. 移行計画の作成と認定申請
    社員総会の決議を経て移行計画を作成し、厚生労働大臣へ認定を申請します。
  6. 持分放棄・定款変更と移行後の維持
    認定後、定款変更の認可を得て持分なし法人へ移行します。移行後も一定期間、要件を満たし続けます。

移行を検討すべき人・急がなくてよい人

私が相談を受けたときに、最初に確認するのは次の点です。移行を前向きに検討したほうがよいのは、承継する医師が見当たらない、お子さんが医師ではない、内部留保が厚く評価額が高額になる、出資持分が複数の親族に分散している、納税資金の当てがない——といった法人です。この条件が重なるほど、持分を残すこと自体がリスクになります。

反対に、急いで結論を出さなくてよい場合もあります。純資産が小さく評価額が納税可能な範囲に収まる法人、承継する医師が決まっていて資金準備の目処が立つ法人、そして社会保険診療の割合や役員構成の面で認定要件を満たせない法人です。とくに自由診療の比率が高い法人は、80%基準の時点で認定の土俵に乗らないことがあります。

いずれにしても、まずは評価額の試算です。金額がわからないまま「なんとなく不安」で議論しても前に進みません。そして、この論点は院長がお一人で抱え込みやすいテーマでもあります。同じ立場で同じ悩みを通ってきた医師に聞くのがいちばん早いことも多く、相談先の作り方については開業医の孤独が深い理由|院長の相談相手を作る3つの出口でもお伝えしております。

出資持分の問題は、先送りしても評価額が下がるわけではありません。むしろ経営が順調であるほど毎年膨らんでいきます。今週は定款と決算書を出すところから、来月は税理士への試算依頼まで。そのくらいの刻み方で十分ですので、動き出していただければと思います。

よくある質問

Q. 持分なし医療法人に移行すると、院長個人にお金は戻らないのですか

A. 出資持分を放棄するため、退社時の払戻しや解散時の残余財産分配は受けられなくなります。回収手段は役員報酬と役員退職金が中心になりますので、移行前に長期の設計をおすすめします。

Q. 認定医療法人の申請期限はいつまでですか

A. 2026年時点では、移行計画の認定申請は2026年12月31日までとされています。過去に複数回延長された経緯がありますので、最新の税制改正と厚生労働省の資料を必ずご確認ください。

Q. 子どもが医師でない場合、出資持分はどうなりますか

A. 医師でなくても持分の相続自体は可能です。ただし将来の払戻請求で法人の資金が流出する懸念があるため、承継者の有無を踏まえて早めに方針を決めることをおすすめします。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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