この記事の結論
- 親子承継で揉める原因は感情ではなく未決定
- 交代日・お金・兄弟姉妹を先に紙に書く
- 準備は3〜5年、逆算して段階的に移す
「そろそろ息子に医院を任せたい」「父の医院を継ぐつもりで戻ったのに、経営には一切触らせてもらえない」。医院の親子継承について、私のもとには毎月このようなご相談が届きます。話し合うたびに空気が悪くなり、そのうち食事の席で承継の話題を出せなくなる。親子承継が行き詰まるときは、たいていこの流れです。
結論から申し上げます。親子承継で揉める原因のほとんどは、親子仲の良し悪しではなく「決めていないこと」です。交代の日、お金、そして承継しない兄弟姉妹。この3つを先に紙にしておくだけで、トラブルの大半は起きません。私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数法人の経営と、病院・クリニックの経営改善や再生のお手伝いをしております。その中で実際に見てきた揉め方と、効果があった取り決めをお伝えします。
医院の親子継承で揉めるのは、親子仲ではなく「未決定」が原因
親子承継とは、医院の経営権(院長・理事長の地位)と資産(出資持分、不動産、設備、借入)を、院長から子である医師へ引き継ぐことをいいます。第三者への承継(医院M&A)と決定的に違うのは、契約書も、価格交渉も、期限もないまま進んでしまう点です。
第三者承継であれば、資産と負債を調べる手続きがあり、譲渡価格が決まり、引き渡し日が決まります。ところが親子承継では「いずれお前に」の一言で5年、10年と過ぎていきます。決めていないので、双方が自分に都合よく解釈します。父は「まだ数年は自分が院長でいるつもり」、子は「来年あたりから自分のやり方でやれるはず」。この期待値のズレが、ある日はっきりとした対立として表に出ます。
つまり、承継で揉めるのは、感情の問題が起きてから条件を決めようとするからです。順番が逆で、決めるべきことを先に決めておけば、感情の問題はかなり小さくなります。私がご相談を受けたときに、まず「何が決まっていて、何が決まっていないか」を紙に書き出していただくのは、このためです。
よくある思い込み
親子なのだから、いざとなれば話し合えばまとまる。書面にするのは他人行儀で、かえって関係がこじれる。
だから条件を決めないまま数年が過ぎる
実際に起きていること
親子だからこそ書面がなく、「言った・言わない」になる。第三者承継なら必ず決める項目が、ひとつも決まっていない。
揉めているのは仲ではなく、未決定の条件
親子承継で揉める5つの論点

ご相談を伺っていると、対立の中身はおおむね次の5つに収まります。ご自身の医院でどこが未決定か、確認しながら読んでみてください。
| 論点 | よくある揉め方 | 先に決めておく形 |
|---|---|---|
| 交代の時期 | 「もう少ししたら」が繰り返され、子が待ち疲れる | 理事長・院長の交代日を年月日で明記 |
| お金 | 出資持分・退職金・不動産を一括りにして話が止まる | 3本立てに分け、それぞれ評価と支払方法を決める |
| 診療方針と人事 | 古参スタッフが前院長の意向を優先し、新院長に決定権がない | 交代日以降の人事権・決裁権の範囲を文書化 |
| 兄弟姉妹 | 相続の段階で不公平を指摘され、医院の資産に手がつく | 承継の設計と相続の設計を同時に行う |
| 前院長の引退後 | 非常勤の日数と報酬が曖昧で、院内に指揮系統が二本できる | 勤務日数・担当・報酬額を承継前に決める |
特に3番目の「診療方針と人事」は、金額が絡まないぶん軽く見られがちですが、実務では最も日常的な火種になります。開業当初から20年勤めた事務長や看護師が、新院長の指示より前院長の意向を優先する。この構図が続くと、新院長は自分の医院なのに院内で何も決められません。院長とスタッフの関係がこじれる仕組みについては、院長とスタッフの関係が悪化する3つの原因にも書きましたので、あわせてご覧ください。
トラブルを防ぐ3つの取り決め
取り決め1|「交代日」を年月日で決めて紙に書く
最初にやるべきことは、承継の条件を詰めることではなく、交代日を決めることです。「体力が続くうちは」「子が一人前になったら」ではなく、「2029年4月1日に理事長交代、同日付で院長交代」と書きます。
期日を決めると、逆算して実務が動き出します。開設者・管理者の変更届、保険医療機関の指定に関する手続き、施設基準の届出、医療機器リースや借入の名義と連帯保証人の切り替え、スタッフの雇用契約の主体変更。これらは交代日が決まらないと一つも進められません。逆に日付さえ決まれば、税理士も社会保険労務士も金融機関も動けます。制度や届出の取り扱いは変更されることがありますので、2026年時点の最新の取り扱いは、必ず所轄の保健所や厚生局にご確認ください。
期日を決めることは、前院長を追い出すことではありません。むしろ大切なのは、同じ紙に前院長の引退後の役割を書くことです。週何日の外来を担当し、報酬はいくらで、どの決裁までを見るのか。ここが空白のままだと、交代後も指揮系統が二本残り、スタッフが混乱します。なお、院長が病気や事故で突然動けなくなれば、承継の話し合いは一気に条件の悪い形で始まります。日付を決めておくことは、その備えにもなります。
取り決め2|お金は「3本立て」に分けて考える
親子承継のお金は一つの塊ではなく、性質の違う3つに分かれます。ここを混ぜたまま「結局いくら払えばいいのか」と考えるので、話が止まります。
(1)出資持分 2007年4月以降に設立された医療法人には持分がありませんが、それ以前に設立された「持分あり医療法人」では、相続や社員の退社にあたって払い戻し請求が生じ得ます。厄介なのは、医院が順調に利益を積み上げてきたほど純資産が増え、評価額が上がることです。経営が良い医院ほど承継の壁が高くなる、という構図になります。詳しくは医療法人の出資持分の払い戻しとはにまとめました。持分なし医療法人への移行を支援する認定医療法人制度には期限と要件が設けられていますので、2026年時点の最新の内容を税理士とご確認ください。
(2)前院長への退職金 役員退職金は「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率」で算定するのが一般的で、功績倍率は代表者で3.0倍前後が一つの目安といわれます。ただし過大と判断されれば損金算入が否認される可能性があり、金額は法人の規模や報酬水準によって適正額が変わります。退職金の支給によって法人の純資産が下がるため、結果として出資持分の評価に影響することもあります。税務の取り扱いは改正されますので、必ず顧問税理士にご相談ください。
(3)不動産 土地建物が前院長の個人名義で、医療法人が賃借しているケースは多く見られます。承継後、この賃料が事実上の親子間の生活費のやり取りになりがちですが、近隣相場から大きく離れた賃料は税務上の指摘対象になり得ます。同じ論点は配偶者への報酬でも起こりますので、開業医の妻に役員報酬を払う正しい形もあわせてご確認いただくと整理しやすいと思います。
承継時に動くお金の内訳(モデル・目安)
※年商1.2億円規模の持分あり医療法人を想定したモデルで、あくまで目安です。実額は法人ごとに大きく異なります。評価と適正額の判断は税理士の算定が必要です。
取り決め3|承継しない兄弟姉妹への説明を「先に」する
親子承継で最も深刻化しやすいのが、医師でない兄弟姉妹との関係です。医院の資産が相続財産の大半を占めていると、承継する子に財産が集中し、他の兄弟姉妹から不公平だという声が上がります。相続が起きてからこの話になると、医院の資産そのものを分けるしかなくなり、承継したばかりの新院長が不動産や持分の処理に追われることになります。
ですから、承継の設計と相続の設計は同時に進める必要があります。代償金の原資を生命保険で用意する、遺言書を作成する、家族全員が同席する場で医院の資産と負債を開示する。順番として重要なのは、条件が固まってから伝えるのではなく、設計の段階から兄弟姉妹に情報を出しておくことです。後から知らされた、という感覚が対立の芯になります。遺留分や具体的な分割方法の判断は法律の領域ですので、弁護士・税理士へのご相談を前提にお考えください。
親子承継の進め方|3〜5年の5ステップ

親子承継は、思い立ってから交代まで3〜5年をみておくと無理がありません。持分対策や不動産の整理が必要な場合はさらに時間がかかります。私が実際にお手伝いするときは、次の順序で進めております。
- 現状の棚卸し(1年目前半)
出資持分の有無と評価、不動産の名義、借入・リースの残債と連帯保証人、施設基準、スタッフの雇用条件を一覧にします。ここを飛ばすと、後で必ず想定外が出ます。 - 交代日を決める(1年目後半)
理事長・院長の交代日を年月日で決め、前院長の引退後の勤務日数・担当・報酬も同じ紙に書きます。 - お金の設計(2年目)
出資持分・退職金・不動産の3本立てで、評価額と支払い方法、資金の出どころを税理士と設計します。持分なし法人への移行の要否もここで判断します。 - 家族への説明(2年目〜3年目)
承継しない兄弟姉妹を含めて資産と方針を開示し、相続の設計まで一体で決めます。 - 実務の移管(3年目〜交代日)
人事の決裁権、金融機関・業者との窓口、施設基準の届出、各種名義変更を段階的に移します。最後にまとめて移そうとすると必ず混乱します。
すでに揉めている場合、どこから戻すか
もう話し合いが止まっている、という段階でご相談をいただくことも少なくありません。その場合、いきなり条件の議論に戻しても再び感情がぶつかります。私は次の順番をおすすめしております。
第一に、間に第三者を一人入れること。顧問税理士でも、承継に詳しい専門家でも構いません。親子だけの場では、どうしても過去の関係性が持ち込まれます。第二に、議題を「気持ち」から「数字と日付」に移すこと。誰がどう思っているかではなく、持分がいくらか、借入の保証人は誰か、交代日はいつかという確認可能な事実から並べ直します。第三に、決まったことをその場で書面にして双方が持つこと。ここまでできれば、たいていの承継は動き始めます。
- 理事長・院長の交代日が年月日で決まっている
- 出資持分の有無と、おおよその評価額を把握している
- 借入・リースの連帯保証人の切り替え方が決まっている
- 前院長の引退後の勤務日数・担当・報酬が決まっている
- 不動産の名義と、承継後の賃料の考え方が決まっている
- 承継しない兄弟姉妹に、資産と方針を開示している
- 交代日以降の人事権・決裁権の範囲を文書にしている
チェックが3つ以下であれば、まだ条件そのものが未決定の段階です。感情の対立に見えていても、実際には決めていないことが原因である可能性が高いと考えられます。
まとめ|明日からできる一歩
医院の親子継承で揉める理由は、親子の相性ではなく、第三者承継なら当然決める項目を何ひとつ決めていないことにあります。交代日を年月日で決め、お金を出資持分・退職金・不動産の3本立てに分け、承継しない兄弟姉妹に先に説明する。この3つの取り決めが、トラブルの多くを未然に防ぎます。
明日からの一歩として、まずは上のチェックリストを印刷し、決まっている項目と決まっていない項目に印をつけてみてください。それを持って顧問税理士に相談するだけで、話は前に進みます。承継は、親子の関係を壊す出来事ではなく、医院を次の20年に渡すための手続きです。手続きとして淡々と設計できれば、親子の関係はむしろ守られると私は考えております。
よくある質問
Q. 医院の親子継承で最も揉めやすいのはどこですか
A. 交代日が決まっていない点です。「いずれ継がせる」のまま年数が過ぎ、親子で期待値がずれます。年月日を決めると、届出や名義変更も逆算して進められます。
Q. 親子承継の準備期間はどのくらい必要ですか
A. 3〜5年が一つの目安です。出資持分の対策や不動産の整理が必要な場合はさらにかかります。実務の移管は交代日直前にまとめず、段階的に進めるのが安全です。
Q. 医師でない兄弟姉妹とのトラブルはどう防ぎますか
A. 承継の設計と相続の設計を同時に進め、条件が固まる前から資産と方針を開示することです。代償金の原資や遺言書は、弁護士・税理士と一体で設計してください。
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