クリニックの居抜き開業|メリットとデメリットを判断する順番

この記事の結論

  • 居抜き開業とは前の医院の内装や設備を引き継いで開業する方法です
  • 初期投資は新規の6〜7割程度が目安だが改修費は別途かかります
  • 成否を分けるのは設備ではなく前の医院が閉院した理由です

「駅前に居抜きの物件が出ているのですが、飛びついてよいものでしょうか」。開業を控えた先生方から、このご相談を毎月のようにいただきます。結論から申し上げます。クリニックの居抜き開業は初期投資を確実に圧縮できる有力な選択肢ですが、安く手に入った理由を確かめないまま契約すると、開業後の資金繰りで苦しむことになります。私がこれまで開業や再生のお手伝いをしてきた中で、居抜きの成否を分けていたのは、残された内装や医療機器の質ではありませんでした。前の医院がなぜ閉じたのか、その一点でした。この記事では、居抜きのメリットとデメリットを数字で整理し、継承開業との違い、そして内覧から契約までに必ず確認していただきたい項目をお伝えします。

目次

クリニックの居抜き開業とは何か

居抜き開業とは、前の医療機関が使っていた内装・造作・設備・医療機器などをそのまま引き継いで、同じ物件で新たに開業する方法です。引き継ぐ設備の対価として「造作譲渡料」を前の院長または貸主に支払い、そのうえで自分の名義で新規に開設届を出します。

ここで押さえていただきたいのは、居抜きで引き継ぐのはあくまで「物」であって「診療」ではないということです。患者さんもカルテもスタッフも、原則としてついてきません。前の医院の看板を下ろし、新しい医院として一からスタートする点は、まったくの新規開業と変わりません。この点が、後ほど比較する継承開業との決定的な違いになります。

2026年時点で、この相談が増えている背景ははっきりしています。建築資材と人件費の上昇で内装工事費が数年前より上がっていること、そして開業医の高齢化により、後継者がいないまま閉院する医院が各地で増えていることです。つまり、居抜き物件は今後も出続けます。だからこそ、飛びつくかどうかの判断軸を持っておく必要があります。

居抜き開業のメリットはどこまで本当か

※写真はイメージです

最大のメリットは初期投資の圧縮です。医療用の内装工事は、一般的なテナントより高くつきます。診察室・処置室の区画、感染対策を意識した動線、給排水の増設、X線室の遮蔽といった要素が加わるためで、坪単価は30〜50万円程度が一つの目安です。40坪なら1,200〜2,000万円。ここが居抜きなら、造作譲渡料として数百万円から1,500万円程度に収まることがあります。

開業形態別・初期投資の目安(無床クリニック・内科系)

新規(スケルトン)7,000万円
継承開業6,000万円
居抜き開業4,500万円

いずれも目安です。診療科・面積・導入する医療機器によって大きく変動します。継承は営業権の対価を含みます。

二つ目のメリットは、開業までの期間が短くなることです。スケルトンからの新規開業は物件契約から開院まで6〜12か月ほどかかるのが通例ですが、居抜きであれば3〜6か月に縮まることがあります。開院が3か月早まるということは、その分だけ収入のない期間が短くなるということです。これは資金繰りの観点で軽くない差になります。黒字化までの見通しについてはクリニック開業は何年目で黒字かで詳しくお伝えしています。

三つ目は、あまり語られませんが実務上は大きい点です。前の医院が現に診療していたということは、その建物が医療用途で使えることが実証済みだということです。電気容量、給排水、換気、X線室の遮蔽、保健所の構造要件。新規物件でこれらが後から問題になり、想定外の追加工事が発生する例は珍しくありません。居抜きはその不確実性が一段低くなります。

居抜きのデメリットで私が最も警戒する点

ここからが本題です。居抜き開業のデメリットは費用面ではなく、情報の非対称性にあります。売る側は事情を知っていて、買う側は知らない。この差が開業後に効いてきます。

よくある誤解

内装がそのまま使えるのだから、工事費はほぼゼロで済む

造作譲渡料だけを予算に計上してしまう

実際

診療科や診療方針が変われば、動線もレイアウトも変わる

改修費として数百万円が別途かかることは珍しくありません

私が最も警戒するのは、前の医院が閉じた理由です。閉院理由は大きく二つに分かれます。院長の引退・病気・親族の事情・移転といった「院側の事情」であれば、比較的リスクは低い。一方、患者数の減少、周辺人口の変化、大型競合の進出、地域でのトラブルといった「立地や評判の事情」であれば、同じ場所で開業する自分も同じ構造に直面します。器を引き継ぐということは、その器が置かれた環境ごと引き継ぐということです。立地や導線が患者数に与える影響については患者が来ないクリニック|共通する5つの原因でも触れています。

次に注意していただきたいのが医療機器です。譲渡される機器は当然ながら中古で、年式によっては保守契約をメーカーが引き継いでくれない、あるいは補修部品の供給が終了している場合があります。「無償で付いてきた」超音波診断装置が、実は保守に入れず、故障した時点で買い替えになる。そうしたご相談を何度か受けました。譲渡リストを受け取ったら、主要機器の型番と製造年をメーカーに直接照会するところまで行ってください。

電子カルテとレセコンのデータも、原則として引き継げないとお考えください。患者情報は前の医療機関のものであり、そのまま流用できるものではありません。ハードウェアは残っていてもデータはゼロから、というのが通常です。

そして見落とされがちなのが、賃貸借契約の退去条件です。自分は居抜きで安く入ったのに、契約書上の原状回復義務は「スケルトン返し」になっている。この場合、将来自分が閉院するときに、前の医院の内装まで含めた解体費を負担することになります。医療機器や配管の撤去は一般テナントより費用がかさみ、数百万円規模になることもあります。契約前に必ず条文を確認し、必要なら交渉してください。

居抜きと継承開業はどう違うのか

※写真はイメージです

居抜きとよく混同されるのが継承開業です。継承開業とは、患者さんやカルテ、スタッフ、そして診療の実績そのものを含めて医院を引き継ぐ方法で、営業権(のれん)の対価が上乗せされます。器だけを買うのが居抜き、診療という事業ごと買うのが継承、と整理していただくとわかりやすいと思います。

項目 新規開業 居抜き開業 継承開業
初期投資の目安 最も高い 新規の6〜7割程度 新規と同等〜やや高い
引き継ぐもの なし 内装・造作・機器 患者・カルテ・スタッフ・機器
開院初日の患者数 ゼロから ゼロから 一定数が見込める
準備期間の目安 6〜12か月 3〜6か月 6〜12か月
黒字化までの期間 長め やや短め 短い傾向
主なリスク 立地の読み違い 閉院理由・設備の残存価値 前院長の方針との落差・スタッフ定着

表のとおり、居抜きが有利なのは初期投資と準備期間、継承が有利なのは開院直後の患者数です。「安く始めたい」のか「早く軌道に乗せたい」のか。ご自身がどちらを優先するかで答えは変わります。なお継承の場合、保険医療機関の指定や医療法人の扱いなど手続きが複雑になりますので、税理士・行政書士など専門家への確認を前提に進めてください。

内覧から契約までに確認すること

物件を見に行く前に、次の項目を印刷して持っていってください。私が相談を受けた際、実際に一緒に潰していく確認事項です。

  • 前の医院が閉院した理由を、仲介会社だけでなく可能なら前院長本人から聞けたか
  • 閉院からの空白期間はどれくらいか(半年以上空くと患者さんの流れは戻りにくくなります)
  • 直近数年の患者数・レセプト件数の推移を数字で見せてもらえるか
  • 造作譲渡の対象が一覧化されているか(何が付いて、何が付かないか)
  • 主要な医療機器の型番・製造年・保守契約の引き継ぎ可否をメーカーに直接確認したか
  • X線装置の遮蔽や届出が現行基準を満たすか、撤去・再申請が必要か
  • 電気容量・給排水・空調が自分の診療科の想定に足りるか
  • 賃貸借契約の残存期間、更新条件、賃料改定の条項
  • 退去時の原状回復義務の範囲(スケルトン返しか、居抜き返しが認められるか)
  • 保険医療機関の指定について、地方厚生局に事前相談したか
  • 前の医院の口コミや地図情報が同じ住所・電話番号に残っていないか
  • 周辺の競合と人口動態を、平日の診療時間帯に自分の足で確認したか

最後の項目は、必ずご自身で行ってください。図面と資料だけで判断した先生ほど、開業後に「思っていた人通りと違った」とおっしゃいます。

そのうえで、契約までの進め方を整理します。

  1. 閉院理由と数字の確認(1〜2週間)
    仲介会社経由の説明を鵜呑みにせず、前院長への面談を申し入れます。断られる場合は、その理由自体が判断材料になります。
  2. 造作・機器の実地確認と見積り(2〜4週間)
    内装業者と医療機器の業者を最低1社ずつ同行させ、改修費と残存価値を別々に算出してもらいます。造作譲渡料の妥当性はここで初めて判断できます。
  3. 行政への事前相談
    保健所には構造設備の要件、地方厚生局には保険医療機関の指定と遡及の可否を確認します。制度は改定されますので、必ず最新の取り扱いを窓口でご確認ください。
  4. 資金計画の作成
    造作譲渡料と改修費に加え、運転資金を6か月分は別枠で確保します。ここを圧縮すると開業後に身動きが取れなくなります。
  5. 契約条件の交渉
    原状回復義務の範囲、残置物の所有権と撤去責任、引き渡し後に判明した不具合の扱い。この3点は必ず書面に落としてください。

運転資金の考え方については開業医1年目の資金繰り|赤字でも潰れない運転資金の目安にまとめておりますので、資金計画を立てる段階で併せてご覧ください。

居抜きを選んでよい先生、見送るべき先生

ここまでを踏まえて、私なりの判断軸を三つお示しします。

一つ目は閉院理由が院側の事情であること。引退や健康上の理由で閉じた医院なら、立地そのものが否定されたわけではありません。逆に患者減で閉じた物件は、家賃が安くても見送ることをお勧めしています。同じ場所で同じ診療科を開くのであれば、なおさらです。

二つ目は自分の診療科と前の診療科が近いこと。内科の跡地に内科であれば動線の流用が効きますが、皮膚科の跡地に整形外科を入れるとなると、処置室の広さもレントゲン室も足りず、結局スケルトンに近い工事になります。それでは居抜きの意味が薄れます。

三つ目は浮いた資金の使い道が決まっていること。初期投資を1,500万円抑えられたとして、それを運転資金に回すのか、機器の更新に充てるのか、広告に振り向けるのか。使い道が決まっている先生は居抜きを活かせます。ただ「安いから」で決めた場合、浮いた分は使途不明のまま消えていきます。

居抜きは、条件が合えば開業のハードルを確実に下げてくれる方法です。一方で、判断材料の多くは売り手側にあり、こちらから取りに行かなければ出てきません。物件情報を手にしたら、まずは閉院理由と数字の開示を求めるところから始めてください。私も医師向けのコミュニティで毎月多くの先生方とお話ししておりますが、開業前のこの段階で一度立ち止まった先生は、その後の経営が安定している印象があります。判断に迷われた際は、お気軽にご相談いただければと思います。

よくある質問

Q. 居抜き開業の造作譲渡料はいくらが目安ですか

A. 診療科と広さによりますが、無床クリニックで数百万円から1,500万円程度が一つの目安です。医療機器の年式で幅が出るため、内装業者と機器業者の見積りを取り、残存価値の妥当性を確かめてください。

Q. 居抜き開業と継承開業はどちらが有利ですか

A. 初期投資を抑えたいなら居抜き、開院初日から患者数を確保したいなら継承が向きます。継承は営業権の対価が乗る分だけ総額は上がりますが、黒字化までの期間は短くなる傾向があります。

Q. 前の医院の患者やカルテは引き継げますか

A. 居抜きでは原則として引き継げません。カルテや患者情報は前の医療機関のものであり、譲渡には別途の手続きと同意に関わる論点が生じます。患者を引き継ぐ前提であれば継承開業をご検討ください。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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