クリニック開業の立地の選び方|診療圏調査で見落とす3視点

この記事の結論

  • 立地は推計患者数の大きさより、外れた時に耐えられるかで選ぶ
  • 診療圏調査は前提の数字を自分で確かめて初めて使える
  • 賃料は医業収入の5〜8%が目安。上限から逆算して候補を絞る

クリニックの開業準備で最後まで決めきれないのが、立地ではないでしょうか。「駅前の物件を勧められたが賃料が高くて踏み切れない」「診療圏調査の報告書は届いたものの、この推計を信じてよいのか分からない」。こうしたご相談を毎月のようにいただきます。結論からお伝えすると、クリニック開業の立地の選び方で見るべきは、推計患者数の大きさそのものではありません。その推計が外れたときに持ちこたえられる場所かどうかです。私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人の経営と、病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。その中で繰り返し目にしてきた、診療圏調査で見落とされやすい3つの視点をお伝えします。

目次

診療圏調査とは何か|まず前提の数字をそろえる

診療圏調査とは、開業候補地の周辺人口と診療科ごとの受療率から、その場所で見込める1日あたりの患者数を推計する調査です。式そのものは単純で、「診療圏の人口 × 受療率 ÷ 競合施設数」でおおよその数字が出ます。開業コンサルティング会社や医療機器ディーラー、金融機関が無料で作成してくれることも多く、開業を検討し始めた先生のお手元には、たいてい何通かの報告書が届いているはずです。

式が単純だということは、裏を返せば、どの数字を入れるかで結果が大きく振れるということでもあります。特に効いてくるのが「診療圏をどの範囲で取るか」です。同じ物件でも、半径1kmで見るか2kmで見るかで、母数となる人口は理屈のうえで4倍近く変わります。まずは報告書の冒頭に書かれている前提の範囲を確認してください。

項目 徒歩・自転車中心(都市部) 車中心(郊外・地方)
一次診療圏の目安 半径500m〜1km 半径3〜5km
二次診療圏の目安 半径1〜2km 半径5〜10km
患者の移動時間の目安 徒歩10〜15分 車で10〜15分
特に効く要素 駅・商店街・バス停の動線 幹線道路の進入しやすさ、駐車場台数

上の数字はあくまで一般的な目安で、診療科や地域によって変わります。整形外科や内科のように継続受診が前提の科は、患者さんが「通い続けられる距離」で考える必要があり、私の感覚では都市部なら徒歩15分、郊外なら車15分を超えると通院の継続率が落ちてきます。報告書の推計が二次診療圏まで含んだ数字になっていないか、まずそこを見てください。

診療圏調査で見落としがちな3つの視点

※写真はイメージです

1. 受療率と競合数の「割り算」が現実と合っていない

推計の最後にある「÷ 競合施設数」が、実務では最も雑になりやすい部分です。診療圏内に同科のクリニックが4軒あれば単純に4で割る、という計算になっていることがありますが、実際の患者さんは均等には分かれません。週3日午前のみの高齢院長のクリニックと、常勤2名で土曜も終日診療しているクリニックを、同じ「1軒」として数えるのは無理があります。

私が候補地を見るときは、競合を軒数ではなく「診療枠の量」で数え直します。週あたりの診療コマ数と医師数を掛け合わせて、地域全体の供給量を出す。そのうえで自院が入る余地を見ます。手間はかかりますが、各院のホームページの診療時間表を写すだけですので、半日あれば終わります。

2. 地図上の距離ではなく、人が実際に動く動線

報告書の地図は、円で診療圏を描きます。しかし現実の街には、円を分断するものがあります。線路、片側2車線以上の幹線道路、大きな河川、そして上り坂です。地図上は300mでも、踏切を渡らなければ来られない場所であれば、患者さんの体感距離は倍以上になります。高齢の患者さんが多い科であればなおさらです。

もう一つ、意外と軽視されるのが「人の流れの向き」です。駅前でも、改札から住宅街に向かう側と反対側では、通行量が数倍違うことがあります。私は候補地に立つとき、平日朝・平日夕方・土曜午前の3回、同じ場所で15分ずつ人数を数えます。地味な作業ですが、報告書の何十ページより判断材料になります。

3. 競合の院長年齢と、5年後の診療圏

立地の判断は、開業日ではなく5年後・10年後を見て行うものです。今は競合が多く見える場所でも、院長が70代の医院が2軒あるなら、数年で状況が変わる可能性があります。逆に、今は空白地帯に見えても、大手の医療モールが計画されていれば前提は覆ります。

調べ方は難しくありません。競合各院の開設年、院長の経歴(卒業年度から年齢は概ね推測できます)、後継者の有無をホームページで確認します。加えて、自治体の都市計画課で用途地域と再開発計画を、住宅メーカーの動きで新規マンション計画を確認する。人口推計は国立社会保障・人口問題研究所の地域別将来推計人口が公開されていますので、候補地の市区町村の10年後の年齢構成まで見ておくと安心です。

  • 報告書の診療圏は半径何kmで計算されているか確認した
  • 競合を「軒数」ではなく「週あたり診療コマ数」で数え直した
  • 線路・幹線道路・河川・坂による分断を地図と現地の両方で確認した
  • 平日朝/平日夕方/土曜午前の3回、現地で通行量を数えた
  • 競合各院の開設年と院長のおおよその年齢を調べた
  • 候補地の市区町村の10年後の人口・年齢構成を確認した
  • 用途地域・再開発計画・大型マンション計画を自治体で確認した
  • 最寄りの基幹病院からの紹介・逆紹介の動線を想定した

開業場所の候補を3つに絞り込む5ステップ

物件を先に見てしまうと、判断が「気に入ったかどうか」に流れます。私がお勧めしているのは、エリアを決めてから物件を探す順番です。

  1. 診療方針と患者像を先に決める
    どの疾患を、どの年齢層に、週何コマ診るのか。ここが決まらないと必要な診療圏人口も駐車場台数も決まりません。
  2. エリアを5〜8か所まで広げて机上で比較する
    いきなり1か所に絞らず、人口動態と競合の供給量だけで粗く比べます。ここでは物件は見ません。
  3. 上位3エリアを自分の足で歩く
    時間帯を変えて3回。通行量、坂、踏切、バス停、スーパーや薬局の位置を記録します。
  4. 賃料の上限を先に決めてから物件を探す
    想定する医業収入から逆算した上限額を決め、それを超える物件は候補から外します。
  5. 最終候補で資金計画と突き合わせる
    賃料・内装費・運転資金を合算し、患者数が想定の7割でも回るかを確認します。

ステップ5の「7割で試算する」は必ず行ってください。開業初月から想定患者数に届くことはまずありません。クリニック開業は何年目で黒字か|黒字化期間の目安と分岐点でも触れていますが、立ち上がりの遅れを吸収できるかどうかが、立地選びの実質的な合否ラインになります。

賃料はいくらまでなら耐えられるのか

※写真はイメージです

「良い立地だが賃料が高い」という悩みは、突き詰めると数字の問題です。クリニックの賃料は、一般に医業収入の5〜8%以内が一つの目安といわれます。診療科や自費診療の比率によって幅はありますが、この範囲を大きく超えると、患者数が想定を下回ったときに固定費が重くのしかかります。

月間医業収入別・月額賃料の上限目安(医業収入の8%で計算)

月商500万円40万円
月商800万円64万円
月商1,200万円96万円

医業収入の8%を上限とした場合の目安。診療科・自費比率により変動します。開業初年度は月商が想定を下回る前提で、下限側(5〜6%)で見ておくと安全です。

ここで注意していただきたいのが、賃料は「開業初年度の月商」で見るべきだという点です。3年目に月商800万円まで伸びる想定であっても、初年度が400万円であれば、月額64万円の賃料は初年度の負担率で16%になります。この差を埋めるのが運転資金です。

加えて、内装工事費は坪単価30〜50万円程度が目安とされますが、ビル内のスケルトン物件と、給排水の引き込みが必要な路面店では総額が数百万円単位で変わります。賃料の安さに引かれて選んだ物件で工事費が膨らみ、結局は総投資額が増えるという例も見てきました。賃料だけでなく、初期投資と賃料の合計で比べてください。

立地についてよくある誤解と、私の見立て

よくある誤解

人通りが多い場所ほど集患できる

駅前の一等地なら間違いない、という前提で物件を選んでしまう

実際に多いこと

通行量より「そこに住んでいる人の数」と通いやすさが効く

通勤動線上の人は、その街の住民とは限りません。継続受診が前提の科では、居住人口と駐車場の有無のほうが患者数に直結します

よくある誤解

競合が少ない空白地帯を探すべきだ

同科がゼロのエリアを最優先で探す

実際に多いこと

空白には理由があることが多い

過去に撤退があったのか、人口が減っているのか。空白地帯を見つけたら、まず「なぜ空いているのか」を調べるところから始めます

医療モールへの入居についても、よくご相談をいただきます。他科からの紹介が期待できる、共用の駐車場が使えるといった利点がある一方で、モール全体の集患力に自院が左右されます。既存テナントの診療実績と、運営会社の募集条件(保証金、共益費、退去条件)を確認したうえでご判断ください。なお、テナント間の患者紹介に対価を伴う取り決めは法令上問題となり得ますので、この点は必ず弁護士など専門家にご確認いただくのが安全です。

立地に不安が残るとき、開業後に打てる手はあるか

ここまで立地の重要性をお伝えしてきましたが、立地だけで開業の成否が決まるわけではありません。私が経営改善のご相談を受ける中でも、「立地が悪いから患者が来ない」と思われていたクリニックの多くは、実際には別の要因のほうが大きかったというのが正直な見立てです。

特に今は、患者さんが受診先を決めるまでの過程がほぼオンラインに移っています。地図アプリで検索し、口コミを読み、ホームページで診療時間を確認してから来院される。つまり、物理的な立地の弱さを、検索上の見え方である程度は補えるということです。実際、幹線道路から一本入った場所にあるクリニックが、地図アプリ上の情報整備と診療時間の見直しだけで新患数を戻した例を見ています。

優先順位としては、まずクリニックのMEO費用の相場|業者に頼まず院長が自分でやる手順で挙げている地図情報の整備、次にホームページの診療時間・アクセス表記の見直しです。それでも新患が伸びないときは、患者が来ないクリニック|共通する5つの原因と集患立て直しの順番で整理した順番で原因を切り分けていただくとよいかと思います。

とはいえ、開業後に変えられないものが立地であることも事実です。だからこそ、報告書の推計を一度は自分の足で確かめていただきたいのです。半日を3回、候補地に立つ。それだけで、判断の精度は大きく変わります。開業場所の選定でお迷いの先生は、ぜひこの視点で候補地を見直してみてください。

※本稿の数値は2026年時点で一般に目安とされる水準に基づく私見です。診療報酬や関連制度は改定されますので、最新の情報と、税務・法務については各専門家へのご確認をお願いいたします。

よくある質問

Q. 診療圏調査は無料のもので十分ですか

A. 判断材料としては使えますが、前提となる診療圏の半径と競合の数え方は必ずご自身で確認してください。複数社から取り寄せ、推計が割れた理由を見ると精度が上がります。

Q. クリニックの賃料は医業収入の何%が目安ですか

A. 一般に5〜8%以内が目安といわれます。ただし開業初年度は月商が想定を下回るため、初年度の見込み月商で計算し、下限側で見ておくと安全です。

Q. 競合が多いエリアは避けるべきですか

A. 軒数ではなく週あたりの診療コマ数で供給量を見てください。院長が高齢の医院が多い地域は数年で状況が変わるため、5年後の診療圏で判断することをお勧めします。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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