クリニックの売却相場と税金|仲介会社に任せる前に知ること

この記事の結論

  • 売却相場は時価純資産+修正営業利益の1〜3年分が基本
  • 個人は総合課税で最大約55%、持分譲渡は20.315%
  • 仲介手数料は最低報酬と算定基礎で手取りが大きく変わる

「うちのクリニック、いくらで売れるでしょうか」。売却を考え始めた先生から、私が最初にいただくご質問はほぼこれです。体力の限界、後継者がいない、借入を残したまま引退の時期が近づいている。理由はさまざまですが、価格の見当がつかないまま仲介会社に相談へ行き、提示された数字に驚いて話が止まってしまう先生を、私は何人も見てまいりました。

結論を先に申し上げます。クリニックの売却相場は、時価純資産に営業権(のれん)を足した金額で決まり、無床診療所では数百万円から1億円弱まで、非常に幅が広いのが実際です。そして先生の手元に残るのは、その価格から税金とM&A仲介の手数料を引いた後の金額です。価格そのものより先に「手取り」を見ておくと、判断を誤りません。この記事では、現役の整形外科医として診療をしながら複数法人の経営と病院・クリニックの再生に関わっている私が、売却の現実的なところをお伝えします。

目次

クリニックの売却相場はいくらか

前提として、クリニックの売却価格に公定の相場表はありません。売り手と買い手の合意で決まる相対取引ですので、同じ診療科・同じ患者数でも、立地と「承継のしやすさ」で倍以上変わります。そのうえで、私が相談を受ける範囲で申し上げると、無床診療所の譲渡価格はおおむね次のようなレンジに収まる印象です。

無床診療所の譲渡価格レンジ(目安)

患者数が安定し利益も出ている8,000万円前後
平均的な無床診療所3,000万円前後
院長個人への依存が強く患者減500万円前後

目安。時価純資産+営業権(年買法)で算定した場合のイメージであり、実際の成約価格を保証するものではありません。

注目していただきたいのは、いちばん下の帯です。院長の技術や人柄で患者がついているクリニック、つまり「先生が辞めたら患者も減る」タイプほど価格は伸びません。買い手が評価しているのは、院長が替わっても残る収益だからです。さらに、賃借物件で内装の原状回復義務が重い場合は、買い手が見つからず実質的に価格がつかないこともあります。

相場はどう計算されるのか|営業権(のれん)の考え方

※写真はイメージです

営業権(のれん=決算書に載っている資産以外に、そのクリニックが将来生み出す利益に対して付く評価額)とは、簡単に言えば「これから何年分の利益を先にいただけるか」という金額です。中小規模のM&Aでは、年買法(ねんばいほう)という簡便な方法が一般的に使われます。

譲渡価格=時価純資産+営業権(修正後の営業利益×1〜3年分)

ここで重要なのが「修正後の」という部分です。院長報酬は勤務医の市場水準(一般に1,500万〜2,000万円程度)に引き直され、ご家族への給与、社用車、生命保険料、私的な色合いの経費は利益に戻して計算されます。つまり、節税のために利益を圧縮してきた決算書ではなく、その診療所が本来生んでいる実質利益が出発点になります。

たとえば修正後の営業利益が1,500万円、医療機器や内装の時価純資産が2,000万円であれば、営業権は1,500万〜4,500万円、譲渡価格は3,500万〜6,500万円というレンジになります。逆に、修正しても営業利益が出ないクリニックは営業権ゼロで、設備の時価から原状回復費を引くと実質マイナスになることも珍しくありません。

なぜ「思ったより安い」と感じるのか

よくある期待

年商1億円あるのだから、1億円くらいでは売れるだろう

売上規模から価格を想像してしまう

実際に起きること

評価されるのは「院長が替わっても残る利益」だけ

修正後営業利益1,500万円なら営業権は1,500万〜4,500万円が目安

売却の相談は、体力的にも精神的にも限界が来てから持ち込まれることがほとんどです。しかし、患者数が落ち始めてからの1年は、価格に対してかなり厳しく効きます。もし引退まで2〜3年の猶予があるなら、売却活動の前に患者数と収益を立て直したほうが、手取りは確実に増えます。原因の切り分けは患者が来ないクリニック|共通する5つの原因と集患立て直しの順番で整理しておりますので、あわせてご覧ください。

クリニック売却の税金は個人と法人でどう違うか

※写真はイメージです

手取りを大きく左右するのが税金です。個人開業のまま事業を譲渡するのか、医療法人の出資持分を譲渡するのかで、税率がまったく異なります。

項目 個人開業(事業譲渡) 持分あり医療法人(出資持分の譲渡)
課税の形 資産ごとに課税。総合課税が中心 一般株式等に準じた譲渡所得(申告分離)
税率の目安 所得税・住民税あわせて最大約55% 一律20.315%
営業権(のれん) 譲渡所得として総合課税の対象 持分の評価額に含めて計算
土地・建物 分離課税(長期20.315%/短期39.63%) 法人に残るため個人側の課税は生じない
組み合わせやすい手当 譲渡資産の内訳と譲渡時期の設計 役員退職金との併用

同じ5,000万円で売っても、個人事業の譲渡と持分譲渡では手取りが1,000万円以上変わることがあります。ここは感覚で判断せず、必ず顧問税理士に試算していただく箇所です。

もう一つ、実務で行き違いが起きやすいのが持分なし医療法人です。持分がない以上、理事長が売却対価を受け取る仕組みがそもそもありません。実際には理事長・社員の交代と、退職所得として課税される役員退職金の設計で整理していくことになります。持分の扱いについては医療法人の出資持分の払い戻しとは|承継・退社で起きる問題と対策に詳しくまとめました。なお、ここでの記載は2026年時点の一般的な取り扱いです。税制は改正されますので、最新の内容は必ず専門家にご確認ください。

M&A仲介の手数料はいくらかかるか

レーマン方式とは、取引金額に応じて手数料率が段階的に下がる計算方式です。5億円以下の部分は5%、5億円超10億円以下は4%、10億円超は3%といった刻みが一般的で、多くの仲介会社が採用しています。

ただしクリニック規模では、この率よりも「最低手数料」が効いてきます。最低手数料は各社200万〜1,000万円程度と幅がありますが、譲渡価格3,000万円のクリニックで最低手数料500万円なら、実質の手数料率は約17%です。売り手・買い手の双方から手数料を受け取る、いわゆる両手の場合は、仲介会社の総収入はさらに増えます。

そしてもっとも見落とされやすいのが、成功報酬の算定基礎です。「譲渡価格」を基礎にするのか、負債を含めた「移動総資産」を基礎にするのかで金額はまったく違います。譲渡価格3,000万円でも、買い手が引き継ぐ借入が1億円あれば、移動総資産基準では1億3,000万円が計算のもとになり、手数料は数倍に膨らみます。契約書のこの一行は、必ずご自身の目で確認なさってください。

  • 成功報酬の算定基礎は「譲渡価格」か「移動総資産(負債込み)」か
  • 最低手数料はいくらか。想定価格のときに総額でいくらになるか、金額で出してもらう
  • 着手金・月額報酬・中間金の有無と、破談になった場合に返金されるか
  • 専任専属契約の期間と、途中で解約する条件
  • 契約終了後に当事者同士で成約した場合の手数料(テール条項)が何年続くか
  • 譲受側からも手数料を受け取る両手か、片手か
  • 同じ診療科・同じ規模の医療機関で、成約実績が何件あるか

仲介会社に任せる前に院長がやっておく6つのこと

  1. 数字を3期分そろえる
    決算書、レセプト件数、患者数の推移、自費比率。ここが揃っていない案件は、買い手から値引き材料にされます。
  2. 実質利益に引き直す
    院長報酬を勤務医相場に置き換え、家族給与・車両・保険料を戻して計算します。この数字が営業権の土台です。
  3. 出口の型を3つ並べる
    親族や勤務医への承継、第三者へのM&A、そして閉院。閉院はスタッフの退職金や原状回復費で数百万〜1,000万円規模の持ち出しになることもあり、クリニック閉院で従業員はどうなる|退職金・解雇予告・伝え方で試算のうえ比較なさってください。
  4. 相場観を複数から取る
    1社の査定だけで決めない。仲介会社に加え、取引金融機関や医師会の承継相談も当たると、価格の幅が見えてきます。
  5. 契約条件を読む
    前段のチェックリストの項目を、署名の前に必ず確認します。専任専属を結ぶと他社と並行できません。
  6. 税理士に手取りを試算させる
    譲渡価格から税金・仲介手数料・退職金・原状回復費を引いた金額が、先生の手元に残るお金です。ここまで出して初めて、売るか続けるかの判断ができます。

売却は、経営から降りる手続きではなく、これまでの診療を次の誰かに引き継ぐ作業だと私は考えております。価格は結果として付いてくるものですので、まずは数字を揃え、手取りで比べるところから始めていただければと思います。

よくある質問

Q. クリニックの売却相場はどのくらいですか

A. 無床診療所で数百万円〜1億円弱と幅があります。時価純資産+修正後営業利益の1〜3年分が目安で、院長個人への依存が強いほど営業権は低く評価されます。

Q. クリニックを売却したときの税金はいくらですか

A. 個人事業の譲渡は総合課税で所得税・住民税あわせて最大約55%、持分あり医療法人の出資持分譲渡は分離課税で20.315%が目安です。2026年時点の一般論のため税理士にご確認ください。

Q. M&A仲介の手数料はどのくらいかかりますか

A. レーマン方式で5億円以下の部分5%が一般的ですが、小規模案件では最低手数料200万〜1,000万円が優先されます。算定基礎が譲渡価格か移動総資産かで総額が大きく変わります。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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