この記事の結論
- 開業医の引退年齢は65〜70歳前後が一つの目安
- 引退後は承継・閉院・雇われ院長など主に5つの道
- 準備は引退希望年の5年前から。遅れるほど閉院に寄る
あと何年、この診療所を続けるのか。外来の合間にふとそう考えて、答えが出ないまま次の患者さんを呼び入れる。そういうお話を、毎月のように伺います。
結論から申し上げます。開業医の引退年齢は65〜70歳前後を一つの目安に置き、その5年前から出口の準備を始める形が、最も選択肢が広く残ります。年齢そのものより、決めた時期から逆算して動けているかどうかで結果が変わります。私は整形外科医として診療を続けながら複数の法人を経営し、病院やクリニックの経営改善のお手伝いをしております。その中で見えてきたことを、順にお伝えします。
開業医の引退年齢は何歳が目安か
開業医の引退年齢とは、診療所の院長が日常診療から退き、同時に経営者としての立場も手放す時期のことです。勤務医であれば65歳前後の定年がありますが、開業医に定年はありません。自分で決めない限り、いつまでも決まらない。ここが出発点です。
統計を見ますと、厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師統計では、診療所に従事する医師の平均年齢は60歳前後で推移しているといわれます。開設者である院長に限ればさらに上がり、70代で現役の先生も珍しくありません。数字だけを見れば「自分はまだ早い」と感じられるかもしれません。
ただ、私の見立てでは、年齢によって選べる出口の数が変わります。65歳前後は、第三者への承継・閉院・勤務医への転身のすべてが選べる時期です。70歳を過ぎると承継の相手探しに時間がかかりやすくなり、75歳を過ぎると事実上は閉院に近づいていきます。
理由は単純で、承継先が見ているのは院長の年齢ではなく「引き継いだあとに残る患者数」だからです。体力が落ちて診療日数を減らし、患者数が細ってからでは、譲る対象そのものが小さくなってしまいます。引退の判断が遅れるほど、条件が悪くなるのではなく、選択肢そのものが消えていくとお考えください。
よくあるお考え
まだ体は動くのだから、引退の話は弱ってから考えればよい
判断を先送りするほど、選べる出口は減っていきます
実際のところ
元気で患者数が保てているうちにしか、承継という選択肢は選べません
承継先が見るのは院長の年齢ではなく、引き継げる患者数です
引退の時期を決める3つの軸

「何歳で引退するか」を年齢だけで決めようとすると、たいてい決まりません。私は次の3つを並べて考えることをお勧めしております。
1つめは、体力と診療の質です。手技に自信が持てなくなってから辞めるのでは、患者さんにも自分にも負担が大きい。私は「今の自分の診療を、家族に受けさせられるか」を一つの物差しにしています。夜間の呼び出しや当直がつらくなった、学会や新しい治療法の情報についていくのが億劫になった、といった変化は、体力の下り坂に入ったサインとして受け止めてよいと思います。
2つめは、お金です。借入の最終返済日、医療機器や電子カルテのリース残債、スタッフの退職金原資、そして引退後に必要な生活費。この4つが把握できていれば、「あと何年働けば安全に降りられるか」が計算できます。逆にここが曖昧なまま年齢だけを気にしていると、不安だけが増えて先送りになります。月次の数字を追う習慣がない方は、クリニック経営の指標7つ|毎月見る数字表の作り方から整えていただくと、出口の計算が一気に楽になります。
3つめは、相手です。お子さんが医師なのか、医師でも診療科や意向が違うのか。親族に継ぐ人がいないなら、第三者承継を探す時間が要ります。相手探しには1〜2年かかる例が多く、ここを逆算に入れていないと、結局は閉院しか残らなくなります。
この3つのうち、どれか1つでも「答えられない」ものがあれば、それが今年取り組むべき課題です。まずは次のチェックリストで、ご自身の現在地を確認してみてください。
- 借入の最終返済日を、年月まで即答できる
- 医療機器・電子カルテのリース満了日を把握している
- 診療所の土地建物が自己所有か賃借か、契約条件まで整理できている
- 退職金規程があり、スタッフ分の原資を積んでいる
- 院長が2週間離れても外来が回る体制がある
- 家族と「いつまで続けるつもりか」を一度は話している
- 引退後に必要な生活費が、年間いくらか試算してある
- 継いでくれそうな相手の心当たりが、一人でもいる
開業医の引退後の選択肢は主に5つ
引退後といっても、完全に診療をやめる方はむしろ少数派です。私が伺う限り、実際に選ばれているのは次の5つに整理できます。ご自身の年齢と体力、そして残したいものによって、向き不向きが分かれます。
| 選択肢 | 主な内容 | 資金面の目安 | 主な注意点 |
|---|---|---|---|
| 親族内承継 | 子や親族が院長を引き継ぐ | 譲渡対価を取らず、退職金の形で受け取る例が多い | 個人開業か医療法人かで手続きと税務が大きく変わる |
| 第三者承継 | 他の医師や法人へ譲渡する | 営業権は年間利益の1〜3年分が一つの目安(あくまで目安) | 相手探しに1〜2年。スタッフの処遇も条件に入る |
| 閉院 | 診療を終了し、廃止の届出を行う | 数百万円規模の費用が出ていく | 患者さんの紹介先確保と、診療録の保管義務 |
| 雇われ院長として残る | 承継後に2〜3年、勤務医として残る | 年収は地域・診療科で幅がある | 経営権はなくなる。方針の違いが出やすい |
| 非常勤・健診・産業医 | 週2〜3日の勤務に切り替える | 収入は現役時の3〜5割程度という声が多い | 枠は人づてが中心。早めの関係づくりが要る |
この表で一番申し上げたいのは、閉院だけがお金の出ていく引退だという点です。承継は相手さえいれば対価が入る可能性がありますが、閉院は必ず持ち出しになります。それでも閉院を選ぶ理由があるとすれば、時間と気力の問題です。承継交渉は半年から1年、引き継ぎ期間を含めればそれ以上かかります。体調を崩してからでは、この時間が取れません。
承継と閉院で、手元に残るお金はどう違うか

閉院の費用は「テナントを元に戻す」ところに一番かかります。医療機関の内装は配管や電源の工事が入っている分、一般の店舗より原状回復の負担が重くなりがちです。おおよその内訳を、無床診療所を想定した目安としてお示しします。
無床診療所を閉院する際の主な費用(目安)
30坪前後のテナント・常勤スタッフ4〜5名を想定した目安です。金額は立地・規模・契約内容で大きく変わります。借入残債の一括返済やリース残債は、これとは別に発生します。
ここに借入残債とリース残債が加わります。閉院すると収入が止まりますので、金融機関から残債の扱いについて相談を受ける形になります。「返し終わってから辞める」のか「売却や退職金で清算する」のかは、早い段階で税理士と金融機関に相談しておくべき点です。
一方の承継は、患者数と職員がそのまま残ることが価値になります。診療圏に患者さんが残っていて、スタッフが継続して勤めてくれる状態であれば、相手は見つかりやすくなります。逆に言えば、院長が体調を崩して診療日を減らし、スタッフが辞めていった後では、承継の話は急に難しくなります。備えの考え方については開業医が病気になったらどうなる|倒れる前に備える5つの準備もあわせてご覧ください。予期せぬ閉院を避けることが、そのまま出口の選択肢を守ることにつながります。
引退の準備は5年前から|私が勧める進め方
引退の時期は、決めた瞬間から準備が始まります。私がお勧めしている流れは次のとおりです。年数はあくまで目安ですが、この順番は変えないほうがうまくいきます。
- 5年前|引退の「候補年」を紙に書く
正式決定でなくて構いません。西暦と年齢を書き、ご家族に共有します。ここが決まらないと、以降のすべてが動きません。 - 3年前|数字を棚卸しする
借入残高と最終返済日、リース満了日、退職金原資、不動産の名義と契約条件。この4点を1枚にまとめ、税理士と共有します。 - 2年前|承継か閉院かの方向を絞る
親族・知人の医師にあたり、難しければ承継の仲介や地域の医師会、金融機関に相談します。相談先は複数持ってください。 - 1年前|相手探しと条件交渉、または解約予告の確認
閉院を選ぶ場合、テナントの解約予告は6か月前が多く、契約書の確認が必要です。原状回復の範囲もこの時期に見積もりを取ります。 - 6か月前〜|告知と手続き
スタッフには早めに、患者さんには院内掲示で。廃止の届出や保険医療機関の手続き、診療録の保管方法を決めます。届出の期限や様式は自治体・厚生局で異なりますので、必ず最新の案内をご確認ください。
診療録には法令上の保存義務があり、閉院後も一定期間の保管が必要になります。保管場所と管理者を決めないまま閉院日を迎えてしまう例を見聞きしますので、ここは早めに手を打っておいてください。制度や届出の細部は変わり得ますので、2026年時点の情報として捉え、個別の判断は税理士・社会保険労務士・行政の窓口にご確認いただくのが安全です。
引退後の時間をどう設計するか
意外に見落とされがちなのが、引退後の時間の使い方です。収入が減ることより、朝起きて行く場所がないことのほうが応える、という話を何度も伺いました。40年近く「先生」と呼ばれてきた方が、ある日を境にその役割を失う。これは想像以上に大きな変化です。
ですので私は、完全引退よりも段階的な引退をお勧めしております。承継後に週2日だけ非常勤で残る、健診や産業医・学校医の枠を持つ、地域の医師会の役割を引き受ける。収入は現役時の3〜5割程度になる例が多いようですが、生活のリズムと人とのつながりが残ります。この枠は求人票よりも人づてで決まることが多いため、引退の2〜3年前から周囲に意向を伝えておくと動きやすくなります。
相談相手を持っておくことも大切です。引退の悩みは、院内のスタッフにも、患者さんにも話せません。同じ立場の院長同士で話せる場があるかどうかで、判断の質はずいぶん変わります。この点は開業医の孤独が深い理由|院長の相談相手を作る3つの出口でも書いておりますので、思い当たる方はご覧ください。
最後に一つだけ。引退年齢に正解はありません。ただ、決めていない状態は、いちばん条件の悪い出口へ静かに近づいていく状態です。今日できることは、手帳に候補の年を書いてみることと、借入の最終返済日を確認することだけで十分です。そこから逆算すれば、あと何年をどう使うかが自然に見えてきます。私も同じ問いを自分に向けながら、日々診療と経営を続けております。
よくある質問
Q. 開業医に定年はありますか
A. 法律上の定年はありません。年齢の上限なく続けられる一方、自分で決めない限り時期が定まりません。65〜70歳前後を目安に、5年前から準備を始める形をお勧めしております。
Q. 引退の準備はいつから始めるべきですか
A. 引退したい年の5年前が目安です。3年前に借入・リース・退職金・不動産の数字を棚卸しし、2年前に承継か閉院かの方向を絞ると、余裕を持って動けます。
Q. 承継の相手が見つからない場合はどうなりますか
A. 実質的に閉院を選ぶことになります。閉院は原状回復や退職金で数百万円規模の持ち出しが生じるため、早い段階で医師会や仲介、金融機関へ相談されることをお勧めします。
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