この記事の結論
- 1年目に効くのは損益より現金の残り月数
- 保険診療の入金は診療から約2ヶ月遅れる
- 運転資金は月次固定費の6ヶ月分が目安
開業して数ヶ月、患者さんは少しずつ増えているのに、通帳の残高だけが減っていく。開業医1年目の資金繰りについて、私のところにはこうしたご相談が毎月のように届きます。先に結論をお伝えします。開業1年目の赤字は、それだけでは失敗のサインではありません。1年目に潰れるかどうかを分けるのは、赤字の有無ではなく「手元の現金があと何ヶ月もつか」を院長ご自身が数字で把握できているかどうかです。
私は整形外科医として今も診療を続けながら、複数の法人経営と、病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。ここでは1年目の資金繰りをどう設計し、苦しくなったときにどの順番で手を打つかを、数字の目安とあわせてお伝えします。
なぜ開業1年目の資金繰りは苦しくなるのか
資金繰りとは、手元の現金がいつ・いくら入り、いつ・いくら出ていくかを時系列で管理し、支払いに詰まらないようにすることです。利益が出ているかどうかを見る損益とは別の話で、1年目に効いてくるのは圧倒的にこちらです。
理由ははっきりしています。保険診療の収入は、診療した月にはまだ1円も入らないからです。診療した月の翌月10日ごろまでに審査支払機関(社会保険診療報酬支払基金・国民健康保険団体連合会)へレセプトを請求し、入金はさらにその翌月末ごろ。つまり診療から入金まで、おおむね2ヶ月かかります。一方で人件費・家賃・医薬品や材料の仕入れ・リース料は、開業したその月から容赦なく出ていきます。
| 時期 | お金の動き(4月開業の例) | 手元の現金 |
|---|---|---|
| 4月 | 診療開始。人件費・家賃・仕入れの支払いが始まる | 支出のみ |
| 5月 | 10日ごろまでに4月診療分をレセプト請求 | 支出のみ |
| 6月 | 4月診療分が下旬に入金 | 初めての入金 |
| 7月以降 | 5月診療分が入金。以後は毎月入る | ようやく循環 |
この例では、開業から実質2ヶ月半ほど、保険診療の入金がゼロのまま支払いだけが続きます。窓口でいただく一部負担金は日々入りますが、これは医業収入の1〜3割程度にすぎません。ここを自己資金と運転資金で埋められないと、患者数の多い少ないにかかわらず資金が詰まります。
開業1年目の赤字は、そのまま危険信号なのか

よくある受け止め
決算が赤字だった。開業は失敗だったのではないか。
損益計算書の一番下だけを見ている状態
実際に見るべきところ
赤字でも現金が回っていれば潰れません。逆に黒字でも現金が尽きれば止まります。
月末の預金残高が、何ヶ月分残っているか
この差が生まれるのは、損益と現金がずれるからです。減価償却費は費用に計上されますが、現金は出ていきません。反対に借入の元金返済は費用になりませんが、現金は確実に出ていきます。だからこそ「赤字だが現金は回る」も「黒字だが資金がない」も、どちらも普通に起こります。
1年目の患者数の立ち上がり方は、標榜科と立地でかなり違います。初年度が営業赤字になること自体は珍しくなく、私が相談をお受けする中でも、2年目以降に黒字化して安定していかれる先生は多くいらっしゃいます。見るべきは決算書の一行ではなく、月末残高の推移です。直近3ヶ月の平均減少額で今の残高を割れば、「あと何ヶ月もつか」という一番大事な数字が出ます。
運転資金の目安は、月の固定費の何ヶ月分か
結論からお伝えします。私は開業時に、月々の固定費の6ヶ月分を運転資金として別枠で確保しておくことをお勧めしています。3ヶ月分という目安もよく語られますが、1年目は入金が2ヶ月遅れるぶんが最初に消えるため、3ヶ月分では立ち上がりが想定より遅れた瞬間に余裕がなくなります。
無床診療所の月次支出イメージ(月商600万円規模の目安)
数値は目安です。標榜科・立地・設備投資額により大きく変わります。
この例なら月の支出は約375万円。6ヶ月分で2,200万円前後が運転資金の目安になります。設備資金とまとめて借りる場合でも、「ここからは運転資金」と自分の中ではっきり線を引き、内装の追加や機器のグレードアップに流用しないことが大切です。1年目に運転資金が消える原因の多くは、患者数ではなく、開業直後の追加投資です。
もう一点。元金据置期間(利息だけを支払い、元金の返済を待ってもらう期間)を何ヶ月に設定したかを、今すぐご確認ください。据置が明けた月から返済額が一段跳ね上がり、そこで初めて苦しくなる。このパターンを何度も見てきました。
資金繰りが苦しくなったら、どの順番で手を打つか

- 13ヶ月分の資金繰り表を作る
月ごとの入金・出金・月末残高を1枚に。開業前の事業計画書ではなく、実績で作り直します。 - 現金が尽きる月を特定する
残高がマイナスに転じる月がいつかを、月単位ではっきりさせます。ここが対策の締め切りです。 - 出ていくお金を止められる順に並べる
すぐ止まるもの、契約解除に時間がかかるもの、止めてはいけないものを仕分けます。 - 残高が固定費の3ヶ月分を切る前に金融機関へ相談する
資金繰り表を持参します。数字を持って早めに行くほど、提示される選択肢は広がります。 - 収入側に手を入れる
診療時間と予約枠の見直し、返戻・査定の点検、未収金の回収。効果が出るまで時間がかかるため、同時並行で進めます。
順番が肝心です。多くの先生は逆から手をつけられます。まず広告を出し、次にスタッフを減らす。しかし広告は現金が先に出ますし、人を減らせば現場が回らなくなり、戻すには採用からやり直しになります。まず見える化、次に時間を稼ぐ、収入側はその後です。
1年目に見直すべき固定費はどこか
削る順番も、ほぼ決まっています。最初に見るのは、患者数と釣り合っていない人員配置です。人件費は診療所の費用で最も大きく、医業収益に対して20〜25%程度が一つの目安といわれます。ここが35%を超えている状態では、患者数がどれだけ伸びても手元にお金が残りません。ただし人を減らす前に、シフトの組み方と役割分担で吸収できないかを先に検討してください。考え方はクリニックのスタッフ適正人数|患者数と診療科別の計算方法にまとめております。
次に、リース・保守契約と使っていないサブスクリプション。それから医薬品・材料の在庫です。1年目は「切らしたら困る」と多めに仕入れがちですが、在庫とは現金が形を変えて棚に眠っている状態にほかなりません。
入出金の管理を誰が担うかも、1年目のうちに決めておきたいところです。院長が診療の合間に通帳を眺める運用は、必ず後回しになります。クリニックの事務長は妻でいいのか|仕事内容と報酬・代行の選び方もあわせてご覧ください。
- 直近3ヶ月、月末の預金残高が毎月減り続けている
- 手元にある資金繰り表が、開業前に作った事業計画のままになっている
- 元金据置期間がいつ終わるか、即答できない
- 院から自分の生活費をいくら引いているか、月額で把握していない
- レセプトの返戻・査定額を毎月確認していない
- スタッフの人数を、患者数ではなく不安の大きさで決めている
3つ以上当てはまるようでしたら、来週ではなく今週、資金繰り表の作成から着手されることをお勧めします。
それでも資金が足りないときの選択肢は
手元が細ってきたときに取りうる道は、大きく3つです。1つ目は追加の運転資金融資。2つ目はリスケジュール(既存借入の返済条件変更。元金の返済を一定期間止めてもらう等)。3つ目は支出の圧縮と収入の改善で、これは前述の手順のとおりです。
リスケは最後の手段だと身構える先生が多いのですが、資金繰り表と改善計画を持って早い段階で相談すれば、現実的な選択肢として検討していただけることが少なくありません。ただし、その後の新規融資に影響が出るなどの側面もありますので、顧問税理士と取引金融機関に必ず並行して相談し、個別の判断は専門家にご確認ください。制度融資や信用保証の要件は自治体・年度によって変わりますので、2026年時点の最新の内容をご確認いただく前提でお読みいただければと思います。
最後にひとつ。1年目の資金繰りで一番こたえるのは、金額そのものよりも「誰にも相談できない」ことだと感じています。スタッフには言えず、家族に心配はかけたくない。そうして一人で通帳を眺める夜が続くと、判断が短期的になります。同じ立場で数字の話ができる相手を早めに持っておくこと。これも立派な資金繰り対策です。開業医の孤独が深い理由|院長の相談相手を作る3つの出口もご参考になれば幸いです。
よくある質問
Q. 開業1年目が赤字だと、経営は失敗ですか
A. 赤字そのものより、手元の現金が何ヶ月分残っているかが重要です。初年度の営業赤字は珍しくなく、2年目以降に黒字化される先生も多くいらっしゃいます。
Q. 運転資金の目安はいくら用意すべきですか
A. 月々の固定費の6ヶ月分が目安です。3ヶ月分という考え方もありますが、1年目は入金が約2ヶ月遅れるため、立ち上がりが遅れると余裕がなくなります。
Q. 診療報酬はいつ入金されますか
A. 診療した月の翌月10日ごろまでにレセプトを請求し、入金はさらに翌月末ごろです。診療から入金まで約2ヶ月かかる前提で資金繰りを組んでください。
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