この記事の結論
- 資金繰りの危機は現預金月商倍率で判定する
- 黒字倒産は元金返済と入金遅れで起きる
- 銀行相談は残高が減り切る前に動く
月末が近づくたびに通帳の残高を確認してしまう。給与の振込日とリース料の引き落とし日を、指を折って数えている。クリニックの資金繰りについて、私はそうしたご相談を毎月のようにいただきます。診療そのものは順調で、患者さんも来ている。それでも現金が減っていく——この状態はご本人にとって、外から見えるより遥かに消耗するものです。
先に結論をお伝えします。開業後の資金繰りが苦しいとき、最初に見るべき数字は「現預金の月商倍率」「入金までのタイムラグ」「年間の元金返済額」の3つだけです。この3つを紙1枚に書き出すと、今が本当に手を打つべき局面なのか、それとも一時的な季節変動なのかが分かれます。順番を間違えて、いきなり経費削減や増患策から手をつけると、体力を削るだけで終わってしまうことがあります。
私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人の経営と、業績の悪化した病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。その現場で繰り返し見てきたのが、決算書は黒字なのに現金が尽きていくクリニックです。ここでは、私が実際に最初に確認している順番で、立て直しの手順をお伝えします。
そもそもクリニックの資金繰りとは何を指すのか
クリニックの資金繰りとは、診療報酬や窓口収入が実際に入金される日と、人件費・家賃・リース料・借入返済などが出ていく日のズレを管理し、手元の現金を切らさないようにすることです。利益を出すことと、現金を残すことは別の作業だとお考えください。
ここでよく問題になるのが「黒字倒産」です。黒字倒産とは、損益計算書の上では利益が出ているにもかかわらず、支払いに充てる現金が足りなくなって事業が続けられなくなることをいいます。医療は貸し倒れがほとんどない安定した事業ですが、その安定性ゆえに、入金の遅さが軽視されやすいという特徴があります。
よくある認識
決算が黒字なら、資金繰りは自然と回る。赤字になってから対策を考えればよい。
利益=手元に残る現金、という前提
実際に起きていること
借入の元金返済は経費になりません。黒字でも、利益+減価償却費より年間の元金返済額が大きければ、現金は毎月確実に減っていきます。
赤字になる前から現金は減り始めている
つまり、決算書を見て安心していた院長ほど、通帳を見て驚くことになります。資金繰りの点検は、赤字になってから始めるものではなく、平常時から続けるものだとお考えいただくのが安全です。
開業後の資金繰りが苦しくなる最大の理由|約2か月の入金タイムラグ

開業後の資金繰りで、まず構造として理解しておきたいのが入金の遅さです。保険診療の場合、月末で締めた診療分をレセプトとして翌月10日までに請求し、審査支払機関から入金されるのは翌々月の下旬になるのが通常の流れです。おおよそ2か月分の売上が常に「まだ入っていないお金」として寝ていることになります。
診療してから入金されるまでの日数(目安)
一般的な流れをもとにした目安です。返戻・査定が発生するとさらに遅れます。制度や運用は改定されるため、2026年時点の最新情報をご確認ください。
整形外科のように労災・自賠責の割合が高い診療科では、このズレがさらに広がります。私自身、労災と自賠責の比率が上がった時期に、売上は伸びているのに預金残高が減るという場面を経験しました。患者数が増えているのに現金が苦しくなるのは、経営が悪いからではなく、増えた分だけ立て替えが増えているからです。これを「成長に伴う運転資金の増加」と呼びます。
資金繰りで最初に見るべき3つの数字
私が経営改善のご相談を受けたとき、最初にお願いするのは、この3つを電卓で出していただくことです。会計ソフトを開く必要はありません。通帳と試算表、借入返済表があれば10分で出せます。
| 見る数字 | 計算のしかた | 目安の水準 | 危険なサイン |
|---|---|---|---|
| 現預金の月商倍率 | 手元の現預金 ÷ 平均月商 | 1.5〜3か月分 | 1か月分を切っている/毎月下がり続けている |
| 入金までのタイムラグ | 未収の診療報酬 ÷ 平均月商 | 約2か月分で安定 | 2.5か月分を超えた(返戻・請求漏れの疑い) |
| 年間の返済余力 | (税引後利益+減価償却費)− 年間元金返済額 | プラスであること | マイナス(黒字でも現金は減る) |
この3つのうち、院長が最も見落としやすいのが3つ目の返済余力です。開業時の設備投資は減価償却で数年〜十数年かけて費用化される一方、借入の返済期間がそれより短いと、帳簿上の利益より早く現金が出ていきます。医療機器を追加でリース・購入した年の翌年から苦しくなる、というご相談は特に多い印象です。
2つ目のタイムラグが目安より膨らんでいる場合は、資金の問題ではなくレセプト業務の問題であることがあります。返戻の再請求が滞っていないか、月遅れ請求が積み上がっていないか、まずレセプト担当者と一緒に確認してください。ここは事務長や医療事務の体制と直結するため、クリニックの事務長を誰が担うかという論点とも重なります。
黒字倒産に近づいているクリニックによくある4つのパターン

ここまでの数字を踏まえて、私が現場で見てきた典型を挙げます。ご自身のクリニックに当てはまるものがないか、確認してみてください。
- 設備投資と返済期間のミスマッチ:内装や高額機器を短期の借入で入れてしまい、償却より返済が先行している。
- 節税を優先しすぎた:税金を減らすために保険や車両、機器を購入し、手元の現金まで一緒に減らしてしまった。税金は利益の一部で済みますが、支出は全額出ていきます。
- 2年目の税負担:開業1年目は住民税・事業税や予定納税がまだ来ません。2年目に前年分の納税が重なり、資金繰りが急に締まる。
- 人件費の固定化:患者数の増加を見込んで採用したものの、想定より伸びず、人件費だけが残った。
4つ目については、人件費は一度上げると下げにくい、という点が最大の難所です。医科の無床診療所では人件費率はおおむね売上の2〜3割程度が一つの目安といわれますが、診療科や検査体制によって適正値は変わります。まずは自院の患者数に対して人員が過不足ないかを整理するところからで十分です(クリニックのスタッフ適正人数の考え方もあわせてご覧ください)。
明日から始める資金繰りの立て直し手順
ここからは実務です。私がお手伝いする際、この順番で進めています。順番を入れ替えないことが重要です。
- 13週間の資金繰り表を作る
まず週単位で、今後3か月の入金予定と支払予定を1枚に書き出します。月次では見えない「月末に残高が一度ゼロに近づく谷」が、週次にすると見えます。エクセルで十分です。 - 支払いの優先順位を決める
給与・社会保険料・税金は遅らせないことを原則にします。遅らせやすいのは、賞与の支給時期、広告費、追加の設備投資、役員報酬です。ここで院長ご自身の報酬を一時的に下げる判断が必要になることもあります。 - 残高が減り切る前に銀行へ相談する
これが最も大切です。残高が1か月分を切ってから駆け込むより、3か月分あるうちに相談したほうが、条件変更も追加融資も選択肢が広がります。「まだ余裕があるうちに相談に来た院長」という印象は、その後ずっと効いてきます。 - 収益の構造に手を入れる
単価・回転・自費のどれを動かすかを決めます。値上げではなく、算定漏れの是正や、必要な指導料・管理料の適正な算定から始めるほうが、患者さんへの影響が小さく即効性もあります。診療報酬の算定要件は改定されますので、2026年時点の最新の内容を必ずご確認ください。 - 固定費を1つずつ棚卸しする
リース、保守契約、通信、保険、サブスクリプション。契約書を全部並べて、更新月と月額を一覧にします。ここで年間数十万円単位の削減が出ることは珍しくありません。
なお、経費削減を1番目に置かないのには理由があります。全体像が見えないまま削ると、削ってはいけないところ——スタッフの待遇や、集患に効いている支出——から手をつけてしまいがちだからです。まず地図を描き、その後で削る。この順番を守ってください。
銀行に相談するとき、私が必ず用意していくもの
返済条件の変更(リスケジュール)や運転資金の相談は、決して恥ずかしいことではありません。むしろ、資料を揃えて自分の言葉で説明できる院長は、金融機関から高く評価されます。私が同席する際に準備しているものを挙げます。
- 直近3期分の決算書と、最新の月次試算表
- 資金繰り表(実績3か月+予定6〜12か月、週次か月次)
- 借入金一覧(借入先・残高・金利・毎月の返済額・保証の有無)
- 患者数と保険別売上の推移(直近12か月)
- 苦しくなった原因の自己分析(1枚。言い訳ではなく事実で)
- これから実行する改善策と、その実行時期・担当者
- 院長ご自身の生活費と、家計から捻出できる金額
最後の項目を意外に思われるかもしれませんが、金融機関は法人と院長個人を合わせて見ています。生活費まで開示して話せる院長は、それだけで信頼されます。逆に、原因の説明が「コロナで」「立地が」といった外部要因だけになると、改善の見通しが立たないと判断されやすくなります。
資金繰りを二度と崩さないために、平時からやっておくこと
危機を脱したあとが本番です。私が自分の法人でも続けている、地味ですが効く習慣を4つお伝えします。
1つ目は、現預金を月商の2か月分まで戻し、そこを下限として運用することです。設備投資はこの下限を割らない範囲で行います。2つ目は、口座を「運転資金用」「納税・賞与の積立用」に分けること。納税額の見込みを毎月積み立てておくだけで、2年目の資金繰りの山は大きく緩みます。
3つ目は、月次試算表を翌月10日までに出す体制を作ることです。2か月遅れの数字では、資金繰りの舵は切れません。税理士の先生に月次のスピードを相談してみてください。4つ目は、数字について率直に話せる相手を院外に持つことです。院長は、スタッフにも家族にも資金繰りの不安を言いにくい立場にあります。同じ経営者として話せる相手がいるかどうかで、判断の質は変わります(開業医の孤独と相談相手の作り方でも触れています)。
資金繰りが苦しい時期は、ご自身の経営能力を疑ってしまいがちです。しかし、開業後の資金繰りの悪化は、その多くが構造の問題であって、院長の能力の問題ではありません。入金が遅い、返済が先行する、税金が後から来る——この3つが重なるように制度ができているだけです。数字を1枚の紙に書き出し、動ける残高があるうちに相談する。それだけで、選べる手はかなり残っています。個別の借入条件や税務の判断は、顧問税理士や金融機関とご確認のうえ進めてください。
よくある質問
Q. クリニックの手元資金は何か月分あれば安心ですか
A. 月商の1.5〜3か月分が一つの目安です。保険診療は入金まで約2か月かかるため、最低でも2か月分を下限として運用されることをお勧めします。
Q. 黒字なのに現金が減るのはなぜですか
A. 借入の元金返済は経費にならないためです。税引後利益+減価償却費より年間の元金返済額が大きいと、黒字でも現金は毎月減り続けます。
Q. 銀行にリスケを相談すると今後借りられなくなりますか
A. 一律にそうとは限りません。資金繰り表と改善策を揃え、残高に余裕があるうちに早めに相談するほど選択肢は残ります。取引金融機関にご確認ください。
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