この記事の結論
- 承継価格は営業権+資産の足し算で決まります
- 営業権は適正報酬控除後の営業利益1〜3年分が目安
- 譲渡価格のほかに総額の2〜3割の承継費用がかかります
クリニックを誰かに譲りたい。あるいは承継で開業したい。そう考えて「クリニック 承継 相場」と調べても、数百万円から数億円まで幅のある数字が並ぶだけで、自分のクリニックがどこに当てはまるのか分からない。そうしたご相談を毎月のように頂きます。
先に結論を申し上げます。無床の一般診療所の第三者承継であれば、譲渡価格は2,000万〜5,000万円あたりが一つの中心帯といわれます(目安)。ただしこの幅は結果にすぎません。価格そのものは「営業権+資産」という比較的単純な足し算で決まります。この式さえ分かれば、ご自身のクリニックの位置は電卓一つで概算できます。
私は整形外科医として診療を続けながら、複数の法人経営と、病院・クリニックの経営改善や再生に取り組んでおります。医師向けのコミュニティも運営しており、譲る側・受ける側の双方から承継のご相談を頂きます。その現場で見てきた価格の決まり方を、順にお伝えします。
クリニック承継の相場はいくらか
クリニックの第三者承継とは、親族や身内以外の医師へ、診療所の内装・医療機器・患者・スタッフ・立地をまとめて引き継ぐことです。閉院して設備を処分するのではなく、診療を止めないまま次の院長へ渡す形になります。
金額の水準は、収益力によって連続的に変わります。赤字が続き患者数も細っている診療所であれば、値が付くのは実質的に設備だけで数百万円。一方、自由診療の比率が高く安定して利益が出ているクリニックであれば、1億円を超えることもあります。「相場という一本の線」があるわけではない、というのがまず押さえて頂きたい点です。
無床診療所の譲渡価格の目安レンジ
私がご相談を受ける中での目安です(2026年時点)。診療科・立地・設備の状態で大きく変動します。
承継価格は何で決まるのか

第三者承継の価格は、次の足し算で組み立てられます。
譲渡価格 = 営業権(のれん)+ 資産(内装・医療機器・在庫など)
営業権(のれん)とは、そのクリニックがこれから生み出す利益に対して付く値段のことです。実務では年買法(ねんばいほう。利益の何年分かで評価する考え方)がよく使われ、正常な営業利益の1〜3年分を目安に置きます。
ここでいう営業利益は、決算書の数字そのままではありません。院長の役員報酬、生命保険料、ご家族への給与、私的な色合いの経費などをいったん戻し、そのうえで「後任の院長に支払う適正な報酬」を差し引きます。残ったものが、そのクリニックの素の稼ぐ力です。買う側はここしか見ていない、と言っても言い過ぎではありません。
資産のほうは、内装と医療機器の時価が中心になります。減価償却が進んでいれば帳簿上の価値は小さくなりますが、実際に稼働するレントゲンや電子カルテが揃っていれば、買う側は「新規開業で同じ設備を揃えるなら何千万円かかるか」という基準で評価します。
具体的に当てはめてみます。年間売上8,000万円、経費と適正な院長報酬を引いた後の営業利益が1,500万円のクリニックがあるとします。営業権を2年分と見れば3,000万円、内装と医療機器の時価が800万円なら、合計3,800万円が一つの提示ラインです。買う側が慎重なら1年分で2,300万円、売る側が強気なら3年分で5,300万円。この間で交渉していくイメージになります。
よくある誤解
「年間売上の◯年分」で価格が決まる
売上が大きくても、人件費と家賃が重ければ営業権はほとんど付きません
実際の考え方
院長報酬を適正化した後の営業利益の1〜3年分 + 資産の時価
見るべきは売上ではなく、後任の院長の手元に残る利益です
個人開業と医療法人で承継の形はどう違うか
同じ「承継」でも、個人で開業されている診療所と医療法人とでは、手続きも価格の考え方も別物です。ここを混同したまま話を進めると、後から金額が大きく動きます。
| 項目 | 個人開業の診療所 | 医療法人(持分あり) |
|---|---|---|
| 承継の形 | 事業譲渡(廃止・開設の届出) | 出資持分の譲渡+役員(理事長)交代 |
| 価格の中身 | 営業権+資産の時価 | 出資持分の評価額(純資産+営業権) |
| 負債の扱い | 原則として引き継がない(個別合意) | 法人の負債をそのまま引き継ぐ |
| 主な手続き | 保健所への廃止・開設届、厚生局の保険医療機関指定 | 都道府県への役員変更・定款変更の届出/認可 |
| 期間の目安 | 3〜6か月 | 6か月〜1年 |
| つまずきやすい点 | 保険医療機関指定の空白期間 | 出資持分の評価が想定より高額になりやすい |
とくに持分あり医療法人は、内部留保がそのまま持分の評価に乗るため、「利益を出してきた法人ほど承継価格が跳ね上がる」という現象が起きます。この論点は医療法人の出資持分の払い戻しとは|承継・退社で起きる問題と対策で詳しく整理しておりますので、法人をお持ちの方は先にご確認ください。制度は改正されうるため、実際の判断は最新の内容を税理士・行政書士にご確認頂くのが安全です。
承継費用は譲渡価格のほかにいくらかかるか

買う側から「3,000万円で話がまとまりそうです」とご相談を頂くとき、私が必ずお聞きするのが「その外側の費用は見ていますか」という点です。承継費用は譲渡価格とは別に発生します。
- 仲介手数料:成約価格の5%前後(レーマン方式)。最低手数料を300万〜500万円と設定している例が多い(目安)
- デューデリジェンス(財務・法務の事前調査)費用:50万〜200万円
- 税理士・司法書士・行政書士への報酬:30万〜150万円
- 内装のリニューアル・看板や標榜の変更:100万〜1,000万円
- 電子カルテ・レセコンの入替やデータ移行:0〜500万円
- 承継後3〜6か月分の運転資金:1,000万〜2,000万円
ざっくり言えば、買う側の総額は「譲渡価格+その2〜3割」と見ておくと大きくは外れません。それでもゼロから建てる新規開業に比べれば、初期投資も黒字化までの期間も短くて済むのが承継の利点です(新規開業の立ち上がりについてはクリニック開業は何年目で黒字か|黒字化期間の目安と分岐点をご覧ください)。
承継はどう進めるのか|6つのステップ
- 数字を揃える
直近3期分の決算書、月別のレセプト枚数と保険点数、スタッフの人数と年齢・勤続年数、賃貸借契約書。この4点が揃っていないと、そもそも価格が付きません。 - 自分で価格のあたりをつける
営業利益に院長報酬などを戻し、後任の適正報酬を引く。その1〜3年分に資産の時価を足す。この概算を持たずに交渉の席に着かないことです。 - 相手を探す
仲介会社、医師会や同門のつながり、金融機関、医療機器ディーラー。複数のルートを並行させたほうが、条件は良くなります。 - 面談と条件のすり合わせ
金額だけでなく、スタッフの雇用継続、賃貸借契約の引き継ぎ可否、引き継ぎ診療の期間(1〜3か月が一般的)を、この段階で文書にしておきます。 - デューデリジェンス
買う側が財務・労務・法務を調査します。未払い残業代や不明瞭な役員貸付が出てくると、価格は確実に下がります。 - 契約・行政手続き・引き継ぎ
保健所や厚生局の届出は日付の設計が肝心です。指定日がずれると保険請求できない期間が生まれます。
価格を上げたいなら、渡す1年前から動く
私が承継のご相談で最も多くお伝えしているのは、「価格は交渉の場ではなく、その前の1年で決まります」ということです。買う側が値段を下げる理由は、だいたい決まっています。院長が辞めた瞬間に患者が離れそうな属人性の高さ、退職予定が並んでいるスタッフ構成、更新条件が不利な賃貸借契約、そして「数字が出てこない」ことです。
逆に言えば、この4つを1年かけて整えるだけで、営業権の年数は1年分ほど動くことがあります。営業利益1,500万円のクリニックなら1,500万円の差です。診療の合間に月次の数字を整え、スタッフに承継の意思を適切な順序で伝え、賃貸借の更新条件を確認しておく。地味ですが、これが最も確実に効きます。
また、承継先が見つからないまま時間が過ぎ、結局は閉院を選ばざるを得ないケースも現実にあります。その場合はスタッフへの対応が最初の論点になりますので、判断の前にクリニック閉院で従業員はどうなる|退職金・解雇予告・伝え方にも目を通しておかれることをお勧めします。
承継の価格は、突き詰めれば「後任の院長がこのクリニックでいくら稼げるか」の見積もりにすぎません。相場を探すより、ご自身のクリニックの営業利益を正確に把握するほうが、はるかに近道です。まずは直近3期の決算書を開くところから始めてみてください。
よくある質問
Q. クリニックの承継価格はどう計算しますか
A. 営業権+資産で計算します。院長報酬を適正化した後の営業利益の1〜3年分に、内装と医療機器の時価を足すのが基本の考え方です。
Q. 第三者承継の仲介手数料はいくらが相場ですか
A. 成約価格の5%前後(レーマン方式)が一般的で、最低手数料を300万〜500万円と設定する例が多く見られます(2026年時点の目安)。
Q. 承継と新規開業はどちらが費用を抑えられますか
A. 一般に承継のほうが初期投資も黒字化までの期間も短く済みます。ただし譲渡価格に加えて、その2〜3割の承継費用を見込む必要があります。
Q. 赤字のクリニックでも承継できますか
A. 可能です。ただし営業権はほぼ付かず、内装と医療機器の時価が中心の価格になります。立地と患者数の回復余地が評価の分かれ目です。
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