医療法人化のタイミング|売上・課税所得のどこで判断するか

この記事の結論

  • 判断は売上ではなく課税所得1,500万円台から
  • 分院・承継の予定があれば所得未達でも前倒し
  • 認可は年2回。思い立ってから稼働まで約1年

「そろそろ法人にしたほうがいい」と顧問税理士に言われたものの、今なのか、あと2年待つべきなのか判断がつかない。私のところにも、この相談が毎月のように届きます。結論から申し上げます。医療法人化のタイミングは、売上ではなく課税所得で判断します。ひとつの目安は、課税所得が1,500万〜1,800万円を安定して超え、その水準が今後も続く見込みがあるかどうかです。

ただし、数字だけで決めるものでもありません。分院や介護事業を出したい、いずれ承継したい——こうした「お金以外の理由」があるなら、所得がまだ届いていなくても前倒しする価値があります。私自身、整形外科医として診療を続けながら複数の法人を運営し、病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。その経験からお伝えします。

目次

医療法人化のタイミングは、売上ではなく課税所得で判断します

まず外していただきたいのが、「医業収入が1億円を超えたら法人化」という覚え方です。同じ1億円でも、人件費率が50%の診療所と35%の診療所では、院長の手元に残る所得がまるで違います。法人化の損得を決めるのは、院長個人に課税される所得だけです。

個人開業医は、所得税と住民税を合わせて最高55%(所得税45%+住民税10%)の累進課税を受けます。課税所得1,800万円を超えた部分にはおよそ50%、4,000万円を超えた部分には55%がかかる計算です。一方、医療法人にかかる法人税等の実効税率は、中小法人であれば年800万円以下の部分でおよそ23%前後、それを超える部分でおよそ33〜34%といわれます(2026年時点の目安。税制は改正されますので、最新の内容は顧問税理士にご確認ください)。個人の限界税率が法人の実効税率を明確に上回ったところ、それが税務上の分岐点です。

さらに効くのが、法人から受け取る役員報酬が給与所得となり、給与所得控除を使える点です。院長の報酬と、実際に業務をしているご家族の報酬に分けられれば、累進の山を低くできます。ご家族への報酬の考え方は開業医の妻に役員報酬を払う正しい形|MS法人と医療法人の注意点で整理しておりますので、あわせてご覧ください。

課税所得2,500万円クラスの年間税負担イメージ(目安)

個人のまま約1,050万円
法人化+報酬分散約750万円

所得税・住民税・法人税等を合算した概算の目安です。家族構成、控除、社会保険料の負担増によって結果は変わります。実際の判断は必ず個別試算のうえで行ってください。

医療法人化とは|個人開業と何が変わるのか

※写真はイメージです

医療法人化とは、個人名義で開設していた診療所を、都道府県知事の認可を受けて設立した法人の名義に切り替え、法人が診療所の開設者になることをいいます。院長の立場は「開設者兼管理者」から「理事長兼管理者」に変わり、収入は事業所得から役員報酬(給与所得)に変わります。

ここで必ず理解しておいていただきたいのが、今から新設できるのは持分なし医療法人だという点です。2007年の第五次医療法改正以降、出資額に応じて財産の払い戻しを請求できる「持分あり」の医療法人は新設できません。つまり、法人に貯まった利益は、原則として個人の財布に戻ってきません。解散時の残余財産は、国や地方公共団体などに帰属します。「内部留保しておけば、いつでも引き出せる」と考えたまま設立すると、あとで必ず困ります。持分をめぐる論点は医療法人の出資持分の払い戻しとは|承継・退社で起きる問題と対策にまとめております。

もうひとつ、法人化すると社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が原則必要になります。厚生年金の保険料率は18.3%で労使折半ですから、法人がおよそ9.15%を負担します。スタッフ数が多い診療所ほど、この負担増が節税額を削っていきます。医師国保を継続したい場合は健康保険の適用除外申請という手続きが必要ですので、設立前に社会保険労務士へご確認ください。

法人化のメリットとデメリットを一枚で整理する

相談の場で私がホワイトボードに書くのは、だいたい次の内容です。法人化のメリットとデメリットは表裏一体で、「お金を自由に動かせない」という同じ性質が、節税にも不自由にもなります。

項目 個人開業のまま 医療法人
税率 累進課税で最高55% 実効23〜34%程度+役員報酬に給与所得控除
資金の引き出し いつでも自由 役員報酬は原則年1回の改定。期中の増額は損金にならない
退職金 院長本人には支給できない 理事長・理事に役員退職金を支給できる
分院・介護事業 分院は開設できない 分院、介護事業、訪問看護などを展開できる
承継 個人資産として相続。廃止と新規開設の手続きが必要 理事長交代で継続。持分なしなら相続財産にならない
社会保険 常時5人未満なら任意 原則強制加入(法人負担が発生)
事務負担 確定申告 決算届・事業報告書の提出、登記、役員改選(原則2年ごと)

この表で私が一番重視するのは、退職金と承継の行です。役員退職金は「最終報酬月額×在任年数×功績倍率(2〜3倍が一般的といわれます)」で算定され、退職所得として税制上の扱いも軽くなります。20年、30年と診療を続ける前提なら、この一点だけでも法人化の意味は大きい。逆に、あと数年で閉院を考えている先生には、私は法人化をお勧めしません。

所得は届いている。それでも法人化を待つべきケース

※写真はイメージです

よくある誤解

税率が下がるのだから、法人化すれば手取りは必ず増える

税率差だけを並べた比較

実際

社会保険の法人負担、設立・登記の費用、毎年の申告や決算届のコストを引いて、はじめて損得が出る

私の見立てでは、年間の差が150万円を切るうちは急ぐ必要はありません

所得の水準に達していても、私が「もう1年見ましょう」とお伝えするのは次のような場合です。

  1. 所得の波が大きい。単年のスポット収入や自費診療の当たり年で一時的に伸びただけなら、翌年に元へ戻ることがあります。
  2. 数年以内に建て替えや高額な設備投資を予定していて、手元資金を個人で持っておきたい。
  3. 住宅ローンや教育費で、毎月の引き出しに柔軟性が必要。役員報酬は期中に自由に増減できません。
  4. スタッフの社会保険が未加入で、法人化を機に負担が一気に増える。まず試算が先です。
  5. 数年以内に閉院・譲渡の可能性がある。

そもそも個人のまま続けるという選択も、決して消極的な判断ではありません。その判断軸は開業医が法人化しないメリット|個人のまま続ける5つの判断基準に書いております。

認可スケジュールから逆算する|思い立ってから稼働まで約1年

タイミングの話でもうひとつ重要なのが、行政のスケジュールです。医療法人の設立認可は、多くの都道府県で年2回しか受け付けていません。「今期の決算を見てから」と考えていると、締切を数日過ぎただけで半年待ちになります。

  1. 現状分析と試算(1〜2か月)
    直近3期の決算書をもとに、法人化した場合の税額・社会保険料・手取りを比較します。ここを飛ばして手続きに入ってはいけません。
  2. 事前相談と書類準備(2〜3か月)
    都道府県の医務担当課へ事前協議。定款、事業計画書、財産目録、拠出する資産の整理を進めます。
  3. 設立認可申請(年2回の受付)
    春と秋の年2回が一般的です。受付期間はお住まいの都道府県の最新案内を必ずご確認ください。
  4. 認可・設立登記(申請から4〜6か月)
    認可書の交付後、定められた期間内に設立登記を行い、法人が成立します。
  5. 診療所の開設許可・保険医療機関の指定(1〜2か月)
    個人診療所の廃止と法人での開設が同時に動きます。保険医療機関の指定日は原則として月初です。
  6. 契約と資産の移行
    リース、賃貸借、雇用契約、口座、電子カルテやレセコンの名義変更。ここが最も手間のかかる工程です。

実務で一番多いつまずきは、この切り替え月の資金繰りです。保険診療の入金はおよそ2か月遅れですから、個人分の最後の入金と法人分の最初の入金の間に、空白が生まれます。切り替え時期には、月商の2〜3か月分を目安に運転資金を用意しておいてください。

法人化を決める前に、私が確認する7つの質問

ご相談を受けたとき、私が最初にお聞きするのはこの7つです。すべてに「はい」と答えられるなら、動き出してよいタイミングだと考えます。

  • 医業収入ではなく、経費を引いた課税所得で判断しているか
  • 直近3期の課税所得が1,500万円を超え、来期以降も続く見込みがあるか
  • 3年以内に分院・介護事業・訪問診療などの展開予定があるか
  • 承継の相手(子・勤務医・第三者)を想定しているか
  • 実際に業務をしているご家族がいて、役員報酬の根拠を説明できるか
  • スタッフの社会保険加入で増える法人負担額を試算したか
  • 法人に貯めた利益は個人に戻らないことを理解し、ご家族と合意できているか

最後にひとつ。法人化は節税の手段である前に、経営を個人から切り離して長く続けるための器づくりです。器を作っても、中身である日々の経営数値が悪ければ結果は変わりません。私自身、法人化のご相談を受けたときは、まず毎月の数字の見方から一緒に確認するようにしております。判断に迷われている先生は、まず直近3期の決算書を並べるところから始めてみてください。個別の税務・法務の判断は、医療法人の関与実績がある税理士・社会保険労務士にご確認いただくことをお勧めします。

よくある質問

Q. 医療法人化は年収いくらから検討すべきですか

A. 売上ではなく課税所得で判断します。目安は課税所得1,500万〜1,800万円を安定して超え、その水準が今後も続く見込みがある場合です。分院や承継の予定があれば前倒しも検討します。

Q. 医療法人化の手続きにはどのくらい期間がかかりますか

A. 設立認可の受付は多くの都道府県で年2回です。事前準備から認可、登記、開設許可、保険医療機関の指定まで含めると、着手から稼働まで約1年を見ておくと安全です。

Q. 医療法人化の最大のデメリットは何ですか

A. 資金を自由に引き出せなくなる点です。役員報酬は原則年1回しか改定できず、持分なし医療法人では内部留保が個人に戻りません。社会保険の法人負担増も試算が必要です。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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