この記事の結論
- 相場は年1,500万〜3,000万円が中心。ただし相場合わせは危険
- 法律上の上限はないが「不相当に高額」と定期同額給与が歯止め
- 個人の限界税率50%を超えたら法人に残す方が手取りは増える
「自分の役員報酬をいくらにすべきか、誰にも聞けない」。医療法人の理事長から、この相談を本当によく受けます。顧問税理士からは「これくらいが無難です」と言われるだけ、同業の先生に金額は聞きにくい。結論から申し上げます。医療法人の役員報酬の相場は年1,500万〜3,000万円あたりに集まりますが、相場に合わせても手取りは最大になりません。決めるべきは金額そのものではなく、法人に残す額と個人で受け取る額の配分です。私は現役の整形外科医として複数の法人を経営し、病院やクリニックの経営改善のお手伝いをしております。その中で使っている考え方を、順にお伝えします。なお税制は変わりますので、以下は2026年時点の一般論として読んでいただき、最終判断は必ず顧問税理士とご確認ください。
医療法人の役員報酬の相場はいくらか
医療法人の役員報酬とは、理事長・理事・監事といった役員が、法人の業務執行の対価として受け取る給与のことです。従業員の給与と違い、金額を自由に動かせない(後述する定期同額給与のルールがある)点が最大の特徴になります。
公的な統計としては、厚生労働省の医療経済実態調査が参考になります。医療法人立の一般診療所(入院診療なし)の院長報酬は、直近の調査で年2,700万〜3,000万円前後という水準が示されています。ただしこれは平均値で、高収益の自由診療クリニックが数字を引き上げている面があります。私が実際に相談を受ける中での体感値は、次の表に近い分布です。
| 法人の状況 | 役員報酬(理事長)の目安 | 典型的な背景 |
|---|---|---|
| 開業〜3年目・借入返済中 | 年1,200万〜1,800万円 | 返済原資を法人に残す必要があり、報酬は抑えめ |
| 安定期(保険診療中心) | 年1,800万〜2,500万円 | 最も件数の多い帯。無難に落ち着きやすい |
| 高収益・自由診療あり | 年2,500万〜3,500万円 | 利益が出ており、法人に残すか迷う段階 |
| 複数拠点・分院展開 | 年3,000万円以上+分院長報酬 | 設備投資と報酬の綱引きが起きる |
※私が相談を受ける範囲での目安です。診療科・地域・借入状況で大きく変わります。
ここで申し上げたいのは、相場は「決める根拠」にはならないということです。同じ年商1億円の医療法人でも、借入残高が1億円ある法人と無借金の法人では、出せる報酬がまったく違います。相場は「自分が極端にずれていないか」を確認するための物差しにすぎません。
役員報酬に上限はあるのか

「役員報酬 上限」で検索される先生が多いのですが、実務上いちばん誤解されている論点です。整理します。
よくある誤解
医療法人だから、役員報酬には法律で決められた上限額がある
「利益の◯%まで」といった基準があると思われがち
実際
金額そのものの法定上限はない。ただし三つの歯止めがある
①不相当に高額な部分の損金不算入 ②剰余金配当の禁止 ③定期同額給与のルール
一つ目は法人税法上の過大役員給与です。職務内容や同規模法人の水準に照らして「不相当に高額」と判断された部分は、法人の経費(損金)として認められません。認められなければ法人税がかかったうえで、個人でも所得税がかかる二重負担になります。判定は職務の内容・法人の収益・従業員給与とのバランス・類似法人の支給状況などを総合的に見るとされ、明確な数値基準はありません。だからこそ「なぜこの金額なのか」を説明できる形にしておくことが大切です。
二つ目は医療法上の剰余金配当の禁止です。医療法人は非営利法人であり、利益を出資者に配当できません。実態のない役員に多額の報酬を出すと、配当の代わりに利益を分配しているとみなされかねません。都道府県の指導監査でも見られる点です。
三つ目が定期同額給与です。役員報酬は、事業年度開始から原則3か月以内に社員総会・理事会で決議し、その事業年度中は毎月同額でなければ損金になりません。「今年は儲かったから期末に増やす」ができない、これが役員報酬設計の一番の制約です。裏を返せば、報酬を決める作業は年に一度、期首の3か月しかチャンスがないということになります。
手取りが最大になる分岐点はどこか
ここが本題です。報酬を上げれば手取りは増えますが、増え方は急速に鈍ります。年収別の手取りの目安を並べます。
役員報酬と手取りの目安(社会保険料・所得税・住民税を差し引いた後)
扶養なし・協会けんぽ・介護保険第2号被保険者として概算した目安。報酬を2,000万円から4,000万円へ倍にしても、手取りは約1.75倍にしかなりません。実際の金額は各種控除で変動します。
理由は三つあります。第一に、給与所得控除は年収850万円を超えると195万円で頭打ちになります。第二に、社会保険料も健康保険・厚生年金それぞれ標準報酬月額の上限があり、報酬を上げても負担額はほぼ増えません(この点は法人負担分も同じで、実は高額報酬のときの社保効率は悪くありません)。第三に、課税所得1,800万円を超えると所得税40%+住民税10%で限界税率50%、4,000万円超では55%に達します。
一方、医療法人にかかる法人税等の実効税率は、所得800万円以下でおよそ23%台、800万円超でおよそ33〜34%です。つまり個人の限界税率が法人実効税率を上回る地点=課税所得1,800万円あたりが、報酬を積み増すか法人に残すかの分岐点になります。
| 利益1,000万円の行き先 | 法人に残す | 役員報酬で受け取る |
|---|---|---|
| 税・社保の負担 | 約23〜34%(法人税等) | 約50〜55%(課税所得1,800万円超の場合) |
| 手元に残る額 | 約660万〜770万円(法人の預金) | 約450万〜500万円(個人の預金) |
| 使い道 | 借入返済・設備投資・退職金の原資 | 生活費・個人の資産形成 |
| 注意点 | 持分なし法人では、原則として個人に戻せない | 一度払った税金は戻らない |
ただし「法人に残せば有利」で終わらせないでください。2007年の医療法改正以降に設立された医療法人は持分なしであり、法人に貯めた利益は解散時にも個人のものになりません。個人へ戻す出口は実質的に役員退職金に限られます。役員退職金は「最終報酬月額×勤続年数×功績倍率(役員で2.0〜3.0倍程度が一つの目安)」で適正額を算定するのが一般的で、退職所得は他の所得と分けて課税され、勤続年数に応じた控除のうえ原則2分の1課税になるため、給与で受け取るより税負担が軽くなります。
つまり毎月の報酬は「最終報酬月額」を通じて将来の退職金の上限を決めているということです。報酬を極端に絞ると、出口の退職金まで小さくなります。持分の扱いについては医療法人の出資持分の払い戻しとは|承継・退社で起きる問題と対策も合わせてご覧ください。
理事長の報酬の決め方|5つの手順

「理事長 報酬 決め方」の答えとして、私が実際に毎年やっている順番をそのまま書きます。決算が締まってから期首3か月以内に、この順で進めます。
- ①法人に必要な資金を先に確保する
年間の借入返済元本、翌年の設備投資予定額、運転資金3か月分。この合計が「触ってはいけないお金」です。報酬はここから引いた残りで考えます。順番を逆にすると資金繰りが詰まります。 - ②家計に必要な手取り額を出す
生活費・教育費・住宅ローン・個人の保険料の年間合計に、予備費を2割上乗せします。ここから逆算した金額が報酬の下限です。多くの先生はこの数字を出したことがありません。 - ③下限と上限の間で、税負担の分岐点を確認する
課税所得が1,800万円を超える帯に入るなら、そこから先の積み増しは実質半分しか手元に残りません。②の必要額を満たしたうえで、残りを法人に置くか個人に出すかを判断します。 - ④退職金の逆算を一度だけ入れる
引退予定年齢までの勤続年数と功績倍率から、目標退職金額を置き、そこから逆算した最終報酬月額に無理なく到達する道筋になっているかを見ます。急な増額は過大と見られやすいため、緩やかに上げるのが基本です。 - ⑤社員総会・理事会で決議し、議事録に残す
金額だけでなく「なぜその金額か(職務内容、法人の業績、前年比)」を議事録に一文入れておきます。指導監査や税務調査で問われたとき、この一文があるかどうかで説明の重さが変わります。
家族を役員にして報酬を分けるときの注意点
報酬を配偶者や親族に分散させれば、世帯全体の手取りは増えます。累進課税なので、1人で3,000万円受け取るより2人で1,500万円ずつのほうが税負担は軽くなります。ただし実態のない役員報酬は最も指摘されやすい論点です。次の項目を確認してください。
- 理事として登記され、就任承諾書がある
- 実際に担当している業務が具体的に説明できる(労務、経理、シフト管理など)
- 理事会・社員総会に出席し、議事録に名前が残っている
- 報酬額が、同じ業務を外部に委託した場合の金額と大きくかけ離れていない
- 常勤・非常勤の区分と実際の勤務実態が一致している
- 報酬が本人名義の口座に振り込まれ、本人が管理している
特に、非常勤の配偶者に年1,500万円といった水準は、業務実態の説明がつかなければ過大と判断されるおそれがあります。詳しくは開業医の妻に役員報酬を払う正しい形|MS法人と医療法人の注意点で整理しております。また、報酬設計を節税目的だけで組み立てると足をすくわれます。指摘されやすい典型は開業医の節税でNGな5つ|税務調査で指摘されるパターンにまとめました。
決めたあとに毎年見直す2つの数字
報酬は一度決めて終わりではありません。私が毎年決算後に必ず見る数字は二つです。
一つ目が役員報酬を含めた人件費率です。理事長報酬は人件費に含めて考えるのが実態に合います。この比率が診療科の水準から大きく外れているなら、報酬が高すぎるか、逆にスタッフへの配分が薄すぎるかのどちらかです。二つ目が役員報酬控除前の営業利益率です。報酬を抜きにした素の収益力を見る数字で、これが落ちているのに報酬を据え置くと、数年後に資金繰りで苦しみます。自院の位置を確かめる方法はクリニックの利益率の平均|診療科別の目安と自院の位置の確かめ方に書きました。
最後に一点だけ。役員報酬を下げる決断は、上げる決断より何倍も難しいものです。生活水準は一度上がると戻せません。だからこそ、報酬は業績が良い年ほど慎重に、少なめに設定して法人に厚みを持たせるのが、長く続く法人の共通点だと感じております。制度も税率も変わりますので、実際の金額決定にあたっては最新の改定内容を顧問税理士にご確認ください。
よくある質問
Q. 医療法人の理事長の役員報酬は平均でいくらですか
A. 公的調査では医療法人立の一般診療所の院長報酬は年2,700万〜3,000万円前後とされますが平均値です。実務では年1,800万〜2,500万円の帯に最も多く集まる印象です。
Q. 医療法人の役員報酬に上限はありますか
A. 法律上の金額の上限はありません。ただし不相当に高額な部分は法人の経費として認められず、剰余金配当の禁止にも触れないよう業務実態に見合った額にする必要があります。
Q. 役員報酬は期の途中で変更できますか
A. 原則できません。定期同額給与のルールにより、事業年度開始から3か月以内に決議し、その年度は毎月同額とする必要があります。途中増額分は損金になりません。
Q. 法人に利益を残すのと報酬で受け取るのはどちらが得ですか
A. 課税所得1,800万円を超えると個人の限界税率は50%、法人実効税率は約34%です。この分岐点を超える分は法人に残し、将来の役員退職金で受け取る方が有利になりやすいです。
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