クリニックで一斉退職が起きたら|立て直しの手順と防ぐ仕組み

この記事の結論

  • 一斉退職の直後は原因追及より診療の維持を優先します
  • 欠員は派遣・スポット・元スタッフ復帰の三段構えで埋めます
  • 再発防止はシフトと評価の透明化と属人化の解消から始めます

ある朝、常勤の看護師が数名まとめて退職届を持ってきた。数日のうちに受付も「私も」と続いた。——こうしたご相談を、私は毎月のようにいただきます。頭が真っ白になり、明日の診療をどう回すかすら考えられない。その状態からでも、クリニックは立て直せます。結論を先に申し上げます。順番は「診療を止めない手当て → 退職手続きを正しく進める → 原因の棚卸し → 採用と仕組みの再設計」です。原因追及から入ると、残ったスタッフまで失います。私自身、複数の法人を経営し、病院やクリニックの経営改善のお手伝いをしておりますが、この順番を崩して回復した例をほとんど見たことがありません。

目次

クリニックの一斉退職とは、どういう状態を指すのか

クリニックの一斉退職とは、おおむね1〜2か月のうちに複数のスタッフが同時期に退職を申し出て、通常の診療体制を維持できなくなる状態を指します。人数の多寡そのものより、「同じ業務を担っていた人が同時に抜ける」ことが問題の本質です。

1人ずつの退職と決定的に違うのは、引き継ぎが成立しない点にあります。通常であれば残る人が業務を受け取りますが、一斉退職では受け取る側もいなくなる。予約の癖、器材の在庫場所、レセプトの返戻対応、特定の患者さんへの配慮——紙に残っていない業務が、まとめて消えます。院長が「思ったより現場を知らなかった」と気づくのは、たいていこのタイミングです。

私の見立てでは、一斉退職には二つの型があります。ひとつは同調型。中心にいたベテラン1名の退職が引き金になり、「あの人が抜けるなら私も」と連鎖する形です。もうひとつは限界型。慢性的な人員不足やシフトの偏りが数か月続き、全員が同時に限界を迎える形です。同調型は引き止めの余地が残っていることがありますが、限界型はすでに手遅れなことが多く、切り替えて再建に進んだほうが早く回復します。

一斉退職が起きた最初の72時間で何をするか

※写真はイメージです

この段階での院長の仕事は、説得ではありません。「いつまで、誰が、何人いるのか」を確定させることです。ここが曖昧なままだと、その後の判断がすべて空振りします。

  1. 退職日を書面で確定する
    口頭の「今月いっぱいで」は数字になりません。退職届を提出してもらい、退職日・有給残日数・最終出勤日を一覧にします。ここが再建計画の土台になります。
  2. 今後4週間の診療枠を数える
    曜日ごとに「必要人数」と「確保できている人数」を書き出します。埋まらない枠がどこかを特定してから、初めて対策を選びます。
  3. 残るスタッフに先に話す
    辞める人より、残る人が先です。「業務量が増えるのか」「自分も辞めるべきか」という不安を放置すると、二次の連鎖が起きます。増える負担と、それに対する手当て・期限を具体的に示します。
  4. 業務の棚卸しを紙1枚で行う
    退職するスタッフに、担当業務・手順・連絡先を書き出してもらいます。最終出勤日までの時間は有限です。引き継ぎ書は完璧を目指さず、頻度の高い業務から埋めます。
  5. 診療体制の縮小を選択肢に入れる
    枠が埋まらないなら、一時的に診療時間を短縮する、予約枠を減らす、特定の検査を止める。無理に通常営業を続けて医療安全上の事故が起きるほうが、はるかに損失が大きくなります。

ここで多くの院長が誤解されるのが、「まだ1〜2か月ある」という時間感覚です。実際に手元に残る出勤日数は、有給休暇の消化によって想像よりずっと短くなります。有給の買い取りは原則として認められておらず、退職前の消化を拒むことは基本的にできません。

退職の申し出から「実際に働いてもらえる日数」まで(目安)

就業規則で多い定め30〜60日前
民法上の下限(無期雇用)14日
有給を20日消化した場合の実質出勤数日程度

いずれも目安です。実際の日数は就業規則と個別の合意で決まります。2026年時点の一般的な取り扱いであり、解雇予告や有給の扱いなど個別の判断は社会保険労務士にご確認ください。

つまり「2か月あるから大丈夫」ではなく、「実働はあと1週間かもしれない」という前提で動く必要があります。引き継ぎ書と業務マニュアルの作成を、最終出勤日より前に前倒しでお願いしてください。

看護師や受付の欠員を、どう埋めるか

穴を埋める手段は、費用と速度がきれいに反比例します。ひとつの手段に頼らず、速いものと安いものを組み合わせるのが現実的です。私は「即日つなぐ手段」「1か月つなぐ手段」「本採用」を三段構えで同時に走らせることをお勧めしております。

手段 費用の目安 着任までの目安 向く場面
元スタッフ・知人の復帰 紹介手数料なし 即日〜1週間 業務を知っている人が戻る。最速かつ最安
スポット・単発勤務 1日1.5〜2万円前後の募集が多い 数日〜 特定曜日だけ人が足りないとき
看護師派遣 時給2,000〜2,500円程度 2〜4週間 本採用が決まるまでのつなぎ
人材紹介(常勤) 想定年収の20〜30%が相場といわれる 1〜2か月 常勤の穴を恒久的に埋める
自院の求人(ハローワーク・求人媒体) 無料〜数万円/月 1〜3か月 継続的に採用の入口を持つ

費用は地域・診療科・時期によって大きく変わりますので、あくまで目安としてご覧ください。実際に効くのは、意外にも一番上の「元スタッフの復帰」です。結婚や出産で辞めた方、以前の職場で一緒だった方に、院長から直接連絡を取る。手数料もかからず、教育コストもほぼゼロです。過去に良い辞め方をしていただいていたかどうかが、ここで効いてきます。

並行して、求人票そのものを見直してください。急いで出した求人ほど条件が抽象的で、応募が来ません。この点はクリニックの求人に応募が来ない理由|今日直せる求人票の書き方で詳しくお伝えしています。また、そもそも何人必要なのかが曖昧なまま採用に走ると、今度は人件費で苦しくなります。クリニックのスタッフ適正人数|患者数と診療科別の計算方法も併せてご確認ください。

なぜスタッフ全員の退職まで連鎖するのか

※写真はイメージです

落ち着いた頃に、必ず原因の話になります。ここで院長が最初に挙げる理由と、私が現場でうかがう理由は、たいてい食い違います。

院長が挙げる理由

「給与が他院より低かったのだと思う」「たまたま結婚や引っ越しが重なった」

制度や偶然に原因を置く説明になりやすい

実際にうかがう理由

「シフトの負担が特定の人に偏っていた」「頑張っても評価の基準が分からない」「言っても何も変わらなかった」

金額そのものより、決まり方の不透明さが挙がることが多い

給与の不満が理由の場合、人は1人ずつ辞めます。より条件の良い転職先が見つかった順に抜けていくからです。一方、同時に複数が抜けるときは、金額ではなく職場の運用に共通の不満があるサインだと私は見ています。連鎖の引き金になりやすいのは、次の三つです。

ひとつは中心人物の離脱。シフト調整や新人教育を一手に引き受けていたベテランが辞めると、その人に相談していた層が一斉に不安になります。二つ目は負担の偏り。特定の曜日・特定の担当だけが常に忙しい状態が数か月続くと、当人だけでなく周囲も「この職場は改善しない」と判断します。三つ目は院長の反応です。最初の1人が辞意を伝えたときに、感情的に反応したり、逆に何も聞かずに受理したりすると、残るスタッフは「相談しても意味がない」と学習します。

特に看護師の一斉退職は、資格を持つ方ほど転職先の選択肢が広いため、連鎖が始まると止まりにくい傾向があります。院長とスタッフの距離が開いていく過程については、院長とスタッフの関係が悪化する3つの原因|信頼を取り戻す順番でも整理しております。

二度と起こさないために、院長が持つべき仕組み

再発防止は、精神論ではなく仕組みでしか担保できません。院長の人柄が良くても、運用が不透明なら人は辞めます。以下は、私が経営改善のお手伝いに入るときに、最初に確認する項目です。

  • 直近12か月の離職者数と離職率を、数字で言えるか(常勤・非常勤を分けて)
  • シフトの希望と実績を記録し、特定の人に負担が偏っていないか毎月確認しているか
  • 給与テーブルと昇給の基準が紙になっていて、スタッフが見られる状態か
  • 院長以外に、スタッフが不満を言える窓口(主任・事務長など)があるか
  • 1人あたり月1回15分でよいので、業務の困りごとを聞く時間を取っているか
  • レセプト・在庫発注・予約管理など、1人しかできない業務が残っていないか
  • 欠員がなくても、求人の掲載を年間を通じて切らさずに出しているか

七つのうち、私が最も効果が高いと感じているのは月1回15分の面談と属人化の解消です。面談は評価面談である必要はありません。「今、一番やりにくいことは何ですか」と聞くだけで十分です。不満は溜めてから爆発するのではなく、言う場所がないから爆発します。

属人化の解消は、一斉退職への保険そのものです。1人しかできない業務が3つあるクリニックは、その3人が抜けた瞬間に止まります。逆に、主要業務にマニュアルと代替担当がある状態なら、一斉退職が起きても診療は続けられます。月に1業務ずつでよいので、手順書を作る時間を勤務時間内に確保してください。

そのうえで、離職率やシフト充足率を毎月の経営数字に組み込むことをお勧めします。売上と患者数だけを見ていると、人の問題は必ず手遅れになってから表面化します。

一斉退職はクリニックの終わりではありません

一斉退職を経験された院長は、ほぼ例外なく「自分は経営者として失格だ」とおっしゃいます。私も経営の現場で似た状況に立ち会ってきましたので、その感覚はよく分かります。ただ、実際に立て直された先生方を拝見していると、多くの場合、一斉退職は「悪い院長」に起きているのではなく、現場の情報が院長に届かない構造に起きています。構造の問題であれば、直すことができます。

そして、辞めた方を悪く言わないことです。狭い地域では、辞めたスタッフの言葉が採用にも患者さんの評判にも影響します。感情の整理は必要ですが、外に向けては淡々と、「体制を見直しています」で通してください。数か月後、元スタッフが戻ってきてくれるケースは決して珍しくありません。

まずは今日、退職日の一覧と、今後4週間の診療枠の充足表を1枚の紙に書き出すところから始めてみてください。感情ではなく数字を見ると、やるべきことは驚くほど絞られます。

よくある質問

Q. クリニックで一斉退職が起きたら、まず何をすべきですか

A. 退職日と有給残日数を書面で確定し、今後4週間の診療枠の充足表を作ることです。原因追及より先に、診療を維持できる体制の見通しを立ててください。

Q. スタッフの退職は何日前に申し出てもらえますか

A. 就業規則で1〜2か月前と定めるのが一般的ですが、無期雇用では民法上14日前でも成立し得ます。有給消化で実働はさらに短くなる前提で計画してください。

Q. 看護師の欠員を最短で埋める方法はありますか

A. 元スタッフや知人への直接の声かけが最も速く、費用もかかりません。並行して派遣やスポット勤務でつなぎ、本採用を進める三段構えが現実的です。

Q. 一斉退職の後、診療時間を短縮してもよいのでしょうか

A. 選択肢に入れて構いません。無理に通常体制を続けて医療安全上の問題が起きるほうが損失は大きくなります。期間を区切り、患者さんへ早めに告知してください。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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