この記事の結論
- 節税は巧拙より着手する順番で差がつく
- 個人の控除を積み上げてから法人化を検討
- MS法人は実態のある業務委託が大前提
「今年も納税額を見て気持ちが沈んだ」「利益は出ているはずなのに手元に現金が残らない」。クリニック経営と税金の話になると、こうしたご相談を毎月のようにいただきます。結論から申し上げます。開業医のお金は、節税テクニックの巧拙よりも手をつける順番で差がつきます。まず個人でできる控除を積み上げ、次に法人化を検討し、最後にMS法人という順番です。この記事では、現役の整形外科医として複数の法人を経営し、病院やクリニックの経営改善のお手伝いをしております私が、開業医の節税と医療法人の節税の全体像を整理してお伝えします。なお税制は毎年見直されますので、数値は2026年時点の一般的な目安としてお読みいただき、実行前には必ず顧問税理士に最新の取扱いをご確認ください。
なぜクリニック経営では税金がここまで重くなるのか
個人開業のクリニックでは、事業で生まれた利益がそのまま院長個人の事業所得になります。所得税は超過累進で、住民税10%と合わせた限界税率は課税所得4,000万円超の部分で約55%。ここに国民健康保険料(医師国保の場合は定額)などが乗ります。つまり院長は、利益が伸びるほど「増えた分の半分近くが税と社会保険料に向かう」構造の中で経営しているわけです。
この構造を前にして多くの院長が陥るのが、税金を減らすために必要のない設備や保険を買ってしまうことです。100万円を使って減るのは税金であって、手元の現金はむしろ減ります。私がご相談の最初にお伝えしているのは、狙うのは「税率を下げる」「課税の時期をずらす」「所得を分ける」の3つだけ、という整理です。この3つに当てはまらない支出は、節税ではなく単なる消費だとお考えください。
課税所得と税負担の目安(所得税+住民税の限界税率/2026年時点)
目安。復興特別所得税・社会保険料は除いた概算です。法人実効税率は所得規模や自治体により変動します。
開業医の節税は順番で決まる|個人でまず整える4つ

開業医の節税とは、支出を増やして税額を減らすことではなく、同じ利益から国に渡る割合を制度的に下げ、手元に残る現金を最大化する取り組みです。法人化を考える前に、個人のうちに使い切っておきたい制度が4つあります。
1. 概算経費の特例(措置法26条)を使えるか確認する
社会保険診療報酬が年5,000万円以下、かつ自由診療を含む医業収入の合計が7,000万円以下であれば、実際の経費ではなく収入に応じた率で経費を計算できる特例があります。率は収入帯によって段階的に決まっており、収入が小さいほど有利です。開業初期や在宅中心の小規模診療所では、実額経費より有利になる年があります。毎年どちらが有利か比較するだけで済む話ですので、顧問税理士に「今年は概算と実額どちらですか」と一度お尋ねください。
2. 小規模企業共済とiDeCoで所得控除を積む
小規模企業共済は掛金が全額所得控除で、月額7万円なら年84万円。限界税率50%の院長であれば、それだけで年40万円前後の税負担が変わる計算になります。iDeCoも第1号被保険者であれば国民年金基金等と合算で月6.8万円が上限です。いずれも将来の受取時に課税されますので厳密には「繰り延べ」ですが、受取時は退職所得や公的年金等控除の扱いとなり、現役時の高い税率で払うより有利になりやすい制度です。
3. 経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済)
掛金は年240万円、累計800万円まで必要経費にできます。ただし2024年10月以降、解約してから2年以内に再加入した場合の掛金は損金・必要経費に算入できない取扱いに変わりました。「出口をどう使うか」まで設計しないと、解約年に一気に課税されるだけになります。
4. 家族への給与を適正な形で出す
配偶者やご家族に実際に働いていただいているなら、青色事業専従者給与として所得を分けることができます。ここで大切なのは金額よりも実態です。勤務実態、業務内容、同等の外部人材に払う水準との整合。この3点が説明できない給与は、後の税務調査で最も指摘を受けやすい部分です。事務長業務の切り出し方についてはクリニックの事務長は妻でいいのかで詳しくまとめております。
- 今年は概算経費と実額経費、どちらが有利か比較したか
- 小規模企業共済の掛金は上限(月7万円)まで使っているか
- 経営セーフティ共済の「解約する年」を決めているか
- 家族給与の勤務実態を書面で説明できるか
- 生命保険を「節税だから」という理由だけで契約していないか
法人化はどこから検討するか|医療法人の節税効果と制約
医療法人化の本質は、院長一人に集中している所得を、法人・院長・家族役員へ分散させることにあります。目安として、課税所得が1,800万円を超え、その水準が今後数年続く見込みが立つなら検討の土台に乗ります。ただし節税額だけで決めるものではありません。
| 項目 | 個人開業 | 医療法人(持分なし) |
|---|---|---|
| 税率の考え方 | 累進・最高約55% | 法人実効税率 約23〜33%+役員報酬側の所得税 |
| 所得の分散 | 専従者給与のみ | 役員報酬で複数人に分散可 |
| 退職金 | 自分には出せない | 院長・理事に支給可(退職所得は優遇) |
| 社会保険 | 医師国保+国民年金など | 健康保険・厚生年金が原則強制適用 |
| 剰余金の配当 | — | 禁止。残余財産は国等に帰属 |
| 設立・運営 | 届出のみ | 都道府県認可。決算届・登記など事務が増える |
| 後戻り | — | 解散手続きが必要で容易ではない |
表の下2行が、私が最も丁寧に説明する部分です。2007年の医療法改正以降に設立できるのは持分なし医療法人のみで、法人に貯めた利益は原則として院長個人のものにはなりません。取り出す出口は役員報酬と退職金に限られます。逆にいえば、役員報酬と退職金の設計ができていない法人化は、節税ではなく資金の閉じ込めになります。旧来の持分あり医療法人をお持ちの方は、承継時に別の問題が生じますので医療法人の出資持分の払い戻しとはもあわせてご確認ください。法人化しない判断も十分にあり得ますので、開業医が法人化しないメリットと両方を見比べていただくのが安全です。
MS法人はどこまで使えるのか

MS法人(メディカルサービス法人=医療機関が行いにくい医療以外の業務を担う株式会社等)は、不動産の賃貸、医療機器のリース、事務代行、清掃・給食といった業務を請け負う受け皿です。ただ、この十数年で税務当局の見方は明らかに厳しくなっており、「作れば節税になる」時代ではありません。
よくある誤解
MS法人を作って業務委託料を払えば、その分だけ所得を移せる。
金額の設定は自由だと考えている
実際
移せるのは「実際に行われた業務の、第三者に払うのと同等の対価」まで。契約書・業務記録・請求根拠が揃って初めて認められます。
実態がなければ寄附金や役員賞与として否認されうる
もう一点、医療法人の役員とMS法人の役員の兼任は、非営利性の観点から原則として認められません(運用は都道府県で差があります)。配偶者を通じた報酬設計を考えている場合は、開業医の妻に役員報酬を払う正しい形で注意点を整理しておりますので参考になさってください。
明日から着手する5ステップ
- 手残りベースの数字を出す
売上ではなく「税・社会保険料を引いた後に家計と法人に残った額」を、直近3期分並べます。ここが出発点です。 - 個人の控除枠の使用状況を棚卸しする
小規模企業共済・iDeCo・セーフティ共済の掛金が上限まで使えているかを1枚に書き出します。 - 今後3年の課税所得を予測する
患者数の見込み、設備投資、借入返済のスケジュールを入れて、1,800万円ラインを超え続けるかを見ます。 - 法人化の可否を税理士と検討する
節税額だけでなく、社会保険料の増加、事務負担、将来の承継まで含めた総額で比較します。 - 出口(役員報酬・退職金)を先に決める
法人に貯めた資金をいつ・どの形で取り出すかを、設立前に紙にしておきます。
この作業は、毎月の経営数字が整っていないと精度が出ません。月次で追う指標についてはクリニック経営の指標7つにまとめております。
私がいったん止めていただく3つの「税金対策」
最後に、ご相談の中で私が「一度立ち止まりましょう」とお伝えしている型を3つ挙げます。いずれも違法という話ではなく、順番と目的が入れ替わっている例です。
ひとつめは、決算直前の駆け込み設備投資。減価償却で数年に分かれる資産を買っても、その期の税額は思ったほど動かず、現金だけが出ていきます。ふたつめは、節税を主目的とした高額な生命保険や不動産の即断。保険は損金算入ルールが繰り返し見直されており、不動産は流動性の低さがそのまま資金繰りのリスクになります。クリニックの資金繰りが苦しい時の3つの数字でも触れましたが、手元現金が薄い状態での長期拘束は避けたいところです。みっつめは、実態を伴わない業務委託や家族給与。短期の税額より、後年の否認と加算税のほうがはるかに重くなります。
クリニック経営における税金は、削る対象というより、経営の設計に付いてくる結果です。個人でできる制度を淡々と積み上げ、所得が安定して1,800万円ラインを超えたところで法人化を検討し、必要があればMS法人を実態のある形で置く。この順番を守るだけで、5年後の手残りはかなり変わってきます。私自身も試行錯誤しながら進めてまいりましたので、判断に迷われる場面があれば、まずは数字を並べるところからご一緒できればと思っております。
よくある質問
Q. クリニックの法人化は年収いくらから検討すべきですか
A. 課税所得1,800万円超がひとつの目安です。ただし社会保険料の増加や事務負担も生じますので、その水準が数年続く見込みかを確認したうえで税理士とご検討ください。
Q. 医療法人にすると利益を自由に使えますか
A. できません。2007年以降に設立できる持分なし医療法人は剰余金の配当が禁止で、解散時の残余財産は国等に帰属します。取り出す出口は役員報酬と退職金です。
Q. MS法人への業務委託料はいくらまで払えますか
A. 実際に行われた業務について、第三者に依頼した場合と同等の対価までが目安です。契約書と業務記録がなければ否認されるおそれがあります。
「お金の残し方・税務・MS法人」の記事一覧
個別のお悩みはこちらから。新しい記事は公開次第この一覧に追加されます。
MEDICAL DIRECTOR
週4 院長 募集中|場所・科・年齢問わず
今後クリニックや有床病院を束ね、経営ノウハウを共有し共に強くなる医療機関ホールディングスをつくります。私と共に素晴らしいクリニックを経営されたい先生の「登録」を受け付けております。今すぐの転職を求めるものではありませんので、まずは内容をご覧ください。
今の経営課題を整理したい先生へ
採用・集患・お金の残り方・将来の承継など、お悩みを書き出せるヒアリングシートも用意しております。内容を拝見し、私から率直な見立てをお返しします。
