クリニックの承継|親族・第三者・閉院の選び方と進め方【全体像】

この記事の結論

  • 承継の道は親族・第三者(M&A)・閉院の三つ
  • 譲渡価格の目安は利益の2〜3年分+資産の時価
  • 第三者承継の準備期間は1〜2年。早い着手ほど有利

「そろそろ承継を考えないといけないが、誰に何から相談すればいいのか分からない」。クリニックの承継について、私のところにはこうしたご相談が毎月のように届きます。先に結論をお伝えします。クリニックの承継で選べる道は、親族承継・第三者承継(M&A)・閉院の三つしかありません。多くの院長が動けない本当の理由は、決断力ではなく、この三つを並べて比べる材料をお持ちでないことにあります。

私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人経営と、病院・クリニックの経営改善や再生のお手伝いをしております。医師のコミュニティ(毎月220名以上)でも、承継は常に相談の上位に来るテーマです。この記事では、三つの道の選び方から譲渡価格の考え方、実務の進め方、つまずきやすい点までを一本にまとめてお伝えします。

目次

クリニックの承継とは何か|選べる道は三つだけ

クリニックの承継とは、院長が築いてきた診療所の経営権と、患者・スタッフ・設備・立地をまとめて次の担い手へ引き継ぐことをいいます。引き継ぐ相手が家族なら親族承継、面識のない医師や医療法人なら第三者承継(M&A=合併・買収の総称で、診療所では譲渡が中心)です。引き継ぎ手が見つからない、あるいはご本人が望まない場合の出口が閉院になります。

一般に、診療所の開設者の高齢化は年々進んでいるといわれます。私の実感でも、60代後半まで走り続けてから初めて相談に来られる方が多く、その時点では選択肢が閉院しか残っていないことも少なくありません。承継は「決めること」より「時間を確保すること」が効いてくる分野です。

項目 親族承継 第三者承継(M&A) 閉院
引き継ぐ相手 子・親族の医師 面識のない医師・医療法人 なし
譲渡対価 ほぼ無償〜低額(贈与・相続の設計が中心) 数百万円〜数億円(規模と利益次第) 入らない(持ち出しが出る)
スタッフの雇用 原則そのまま 引き継がれることが多い 全員が離職(予告手当・退職金)
患者 引き継がれる 引き継がれる 転院先の案内が必要
準備期間の目安 3〜5年 1〜2年 6か月〜1年
主なコスト 相続税・贈与税の対策費用 仲介手数料(数百万円〜) 原状回復・機器廃棄・退職金
向いている状況 後継の医師が家族にいる 後継はいないが患者と利益が残っている 収益が細り建物も設備も old

親族承継・第三者承継・閉院はどう選ぶか

※写真はイメージです

私が院長のお話をうかがうとき、最初に確認するのは次の四点です。第一に後継者の「意思」。医師である子がいることと、継ぐ意思があることは別の話です。第二に「数字」。利益が出ていないクリニックには、残念ながら買い手が付きにくくなります。第三に「建物と設備の残り」。テナントの賃貸借が引き継げるか、機器のリース残債がいくらか。第四に「何を残したいか」です。患者なのか、スタッフの雇用なのか、屋号なのか、手元の資金なのか。ここが曖昧なままだと、条件交渉のたびに判断がぶれます。

下のチェックリストは、第三者承継を検討する価値があるかどうかの自己診断です。半分以上当てはまるなら、閉院を前提に考えるのはまだ早いと私は見ています。

  • 直近3期、院長報酬を差し引く前の利益が年1,000万円以上出ている
  • 常勤医は自分ひとりだが、通院中の患者カルテが相応に動いている
  • テナントの賃貸借契約を、貸主の承諾を得て継続できる見込みがある
  • 主要な医療機器のリース残債と満了時期を把握している
  • スタッフの半数以上が勤続3年以上で、院長交代後も残る可能性がある
  • 引退希望時期を「今すぐ」ではなく「1〜2年後以降」に置ける

クリニックはいくらで承継できるのか

第三者承継の譲渡価格は、実務では「営業権+資産の時価」で考えられることが一般的です。営業権は、院長報酬を差し引く前の利益(役員報酬や減価償却を調整した実質的な利益)の2〜3年分が目安とされます。ここに医療機器・内装の時価を加え、リース残債や退職給付などの負債を差し引いて着地させていきます。

譲渡価格の見方(実質利益1,500万円のクリニックの一例・目安)

営業権(利益の3年分)4,500万円
営業権(利益の2年分)3,000万円
医療機器・内装の時価800万円

計算の考え方を示すための一例(目安)です。実際の価格は診療科・立地・患者構成・設備の状態で大きく上下します。

価格が付きにくくなるのは、診療内容が院長個人の技術や人柄に強く依存している場合、賃貸借契約が承継できない場合、そして直近の診療単価やレセプト件数が落ち続けている場合です。承継を意識し始めたら、まず毎月の数字を整えることが結果的に価格を守ります。私が普段見ている項目はクリニック経営の指標7つ|毎月見る数字表の作り方にまとめておりますので、決算書だけで判断する前に一度ご覧ください。

第三者承継はどう進めるのか|7つのステップ

私が院長からご相談を受けたときに、実際にお願いしている順番です。ここを飛ばして候補者探しから入ると、条件交渉の途中で足元が崩れます。

  1. 現状を1か所に集める
    決算書3期分、直近12か月のレセプト件数と単価、賃貸借契約書、リース契約書、スタッフ名簿を揃えます。ここが揃わないと価格の話が始まりません。
  2. 相談先を複数持つ
    顧問税理士、取引金融機関、医療専門の仲介会社の三方向に当たります。1社の提案だけで条件を判断しないことが大切です。
  3. 譲る条件を先に決める
    引退希望時期、譲れない価格の下限、スタッフの雇用継続、自分が引き継ぎ後に残る期間。この4つを紙に書いてから交渉に入ります。
  4. 匿名で候補者に打診する
    院名を伏せた概要資料で打診します。承継検討が院内や地域に漏れると、スタッフの離職や患者の不安につながります。
  5. 面談と基本合意
    候補者と直接お会いし、診療方針とスタッフへの姿勢を確認します。金額だけで決めると、引き継ぎ後に地域の信頼が崩れます。
  6. デューデリジェンスと契約
    労務(残業代・有給)、保険請求の適正性、資産の実在が調べられます。指摘されそうな点は先に自分から開示しておくほうが有利に運びます。
  7. 行政手続きと引き継ぎ
    保健所への開設・廃止の届出、地方厚生局の保険医療機関の指定手続きを行います。要件や遡及の扱いは2026年時点でも自治体差がありますので、必ず所管に確認してください。

承継でつまずくのはどこか|5つの落とし穴

金額の折り合いより、手続きと人の問題で止まる案件のほうが多いというのが私の見立てです。

1つ目は、医療法人の出資持分です。持分あり医療法人では、退社する社員の払い戻し請求が想定外の金額になり、承継そのものが動かなくなることがあります。詳しくは医療法人の出資持分の払い戻しとは|承継・退社で起きる問題と対策をご確認ください。承継を考えるより前に、まず自院がどちらの類型かを把握する必要があります。

2つ目は、スタッフへ伝える順番とタイミングです。基本合意より前に噂が広がると、承継の前に人が抜けます。逆に契約直前まで黙っていると、不信感が残ります。私は「後継者が確定した直後に、院長の口から全員へ同時に」を基本にしています。

3つ目は、建物とテナントの賃貸借です。賃借人が変わることに貸主の承諾が要る契約は珍しくありません。承諾料や条件変更を求められることもあるため、早い段階で確認してください。

4つ目は、保険医療機関の指定です。開設者が変われば原則として指定は取り直しになります。空白期間が生じると入金が止まりますので、日程の設計は慎重に行ってください。

5つ目は、閉院した場合のコストです。閉院は「何もしない選択」ではありません。

よくある想像

閉院すれば費用はかからず、静かに幕を引ける

「畳むだけなら簡単」と考えてしまう

実際に起きること

原状回復、医療機器の廃棄、スタッフの退職金と解雇予告、カルテの保管が同時に発生する

規模によっては数百万円単位の持ち出しになる例もあります(目安)

診療録は診療完結の日から5年間の保存義務があり、閉院後もどこかで保管し続けなければなりません。閉院という道を選ぶ場合でも、この費用と手間を先に見積もったうえで、第三者承継と比べていただきたいところです。

承継を考え始めた院長が今月やること

抽象論で終わらせないために、今月中に手を付けられることを挙げます。

  1. 引退したい時期を「西暦の年」で紙に書く。ここが決まらないと逆算ができません。
  2. 決算書3期分と、直近12か月のレセプト件数・診療単価をA4一枚にまとめる。
  3. 賃貸借契約書とリース契約書を引き出しから出し、承継に関する条項を読む。
  4. 家族に、継ぐ意思があるかを一度だけ正面から確認する。
  5. 相談先を2つ以上つくる。顧問税理士と、もう一方向。

なお、病院規模で経営が厳しい状態にある場合は、通常の承継とは進め方が変わり、スポンサーを迎える形が現実的な選択肢になります。その場合に実際に何が起きるかは病院再生のスポンサーとは|医療法人の経営再建で実際に起きることにまとめております。

承継は「売る」か「畳む」かの話ではなく、患者とスタッフの行き先を決める仕事だと私は考えています。そしてこの仕事は、体力と判断力が残っているうちにしか十分にできません。早く着手した院長ほど、選べる道が多いというのが、私がこれまで見てきた実感です。税務や法規に関わる部分は改定もありますので、具体的な判断は必ず税理士・弁護士などの専門家にご確認ください。

よくある質問

Q. クリニックの承継にはどのくらい期間がかかりますか

A. 第三者承継で1〜2年、親族承継は税務の設計も含め3〜5年が目安です。閉院でも6か月〜1年かかります。思い立ってすぐ終わる手続きではありません。

Q. 後継者がいないクリニックは閉院するしかないですか

A. いいえ。利益と通院患者が残っていれば第三者承継の可能性があります。閉院は原状回復や退職金で持ち出しが出るため、先に承継を検討する価値があります。

Q. 承継は誰に相談すればよいですか

A. 顧問税理士、取引金融機関、医療専門の仲介会社の三方向に当たるのが基本です。1社の提案だけで価格や条件を判断しないことをおすすめします。

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この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

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