クリニックのスタッフ採用と定着の全体像|辞めない組織の作り方

この記事の結論

  • 採用の前に人件費率・適正人数・離職率を確認する
  • 応募が来ない原因の多くは求人票の書き方にある
  • 定着は入職後90日の受け入れ設計で大きく変わる

募集を出しても応募が来ない。ようやく採用できたと思ったら、3か月で辞めてしまう。そしてまた求人を出す——院長からいただくご相談の中で、最も件数が多いのがこのスタッフの問題です。私は現役の整形外科医として診療を続けながら、複数の法人経営と、病院・クリニックの経営改善のお手伝いをしております。その現場で見えてきた結論を先にお伝えします。採用に苦しんでいるクリニックの多くは、募集の出し方が下手なのではなく、その手前にある「人件費と人数の設計」と、入職後の「最初の90日」でつまずいています。この記事では、採用の前段階から定着までを一本の流れとして整理します。

目次

クリニックのスタッフ採用とは、何を決める仕事なのか

クリニックのスタッフ採用とは、空いた席を埋める事務作業ではなく、診療体制・人件費・教育の3つを同時に決める経営判断です。誰を何人、どの時間帯に、いくらで雇うかを決めた瞬間に、そのクリニックの向こう3年の固定費と、院長が診療に集中できる時間の量がほぼ決まります。

ところが実際には、退職の申し出があってから慌てて募集をかけ、応募が来ないので時給を上げ、面接に来た方をとりあえず採用し、教える余裕がないまま現場に出す。そして合わずに辞めていく。この循環に入ってしまっているクリニックが少なくありません。人件費だけが積み上がり、既存スタッフは新人教育の負担で疲弊し、院長は「うちは人が続かない」と感じるようになります。

よくある考え方

時給を近隣より高くすれば応募は集まる。採用は「条件勝負」だ。

賃金を上げても、辞める人は辞めていく

私の見立て

応募段階で効くのは、賃金より「勤務時間の幅」と「入ってからの教育の見え方」。

賃金は入口の足切り。決め手にはなりにくい

もちろん相場から明らかに低い時給では土俵に上がれません。ただ、近隣と同水準まで来た後は、時給を数十円積むより「土曜は月2回まで」「17時までの勤務も可」といった働き方の選択肢を1つ増やすほうが、応募数への効き方が大きいという相談結果をよくいただきます。ここを飛ばして賃金だけで勝負すると、人件費率が上がったのに人は定着しない、という一番苦しい形になります。

採用の前に見る3つの数字|人件費率・適正人数・離職率

※写真はイメージです

募集を出す前に、私が必ず確認していただくのが次の3つです。この3つを紙1枚にしてから求人を考えると、採用の判断がぶれなくなります。

1つ目は人件費率です。人件費率とは、医業収入に対して人件費(給与・賞与・法定福利費など)が占める割合のことです。無床診療所では医業収入の20〜25%程度が一つの目安といわれますが、診療科と体制によって適正水準は大きく変わります。理学療法士や柔道整復師を複数抱えるリハビリテーション中心の整形外科では、この水準は当然高くなります。

人件費率の水準イメージ(無床診療所・目安)

整形外科(リハビリ職あり)25〜30%
内科・小児科20〜25%
眼科・皮膚科など15〜20%

あくまで目安です。自費診療の比率、常勤・非常勤の構成、院長報酬の扱いによって変わります。自院の直近12か月で実額を計算することをおすすめします。

2つ目は適正人数です。1人増やすと、パートの方でも年間150万〜250万円程度、常勤の看護師であれば法定福利費を含めて年間400万〜500万円規模の固定費が増えます。今の患者数と診療の流れに対して本当にもう1人必要なのか、それとも配置と動線の見直しで足りるのかは、募集を出す前に一度立ち止まって考える価値があります。具体的な計算の考え方はクリニックのスタッフ適正人数|患者数と診療科別の計算方法で詳しく整理しています。

3つ目は自院の離職率です。医療・福祉分野の離職率は常用労働者で15%前後という水準が示されることが多いのですが、大切なのは業界平均ではなく自院の数字です。年間の退職者数を期首の在籍者数で割るだけで出せます。これが20%を超えている状態で採用を急いでも、穴の空いたバケツに水を注ぐことになります。その場合は、募集より先に定着側から手を付けたほうが結果的に早く楽になります。

応募が来ないときに直す順番と、採用チャネルの選び方

「応募が来ない」というご相談をいただいたとき、私がまず見るのは求人票そのものです。媒体を変える前に直せることが、たいていまだ残っています。特に効きやすいのは次の4点です。勤務時間に幅を持たせて書くこと、入職後の教育の流れを具体的に書くこと、給与を「経験により応相談」で終わらせずレンジで示すこと、そして院内の写真を載せることです。求職者は「自分がそこで働いている姿」を想像できないと応募ボタンを押しません。

この求人票の直し方はクリニックの求人に応募が来ない理由|今日直せる求人票の書き方に手順としてまとめてありますので、今まさに募集中の方はそちらを先にご覧ください。

そのうえで、チャネルの選び方です。すべてを同時に使う必要はなく、職種と急ぎ具合で使い分けます。

チャネル 費用の目安 向く職種 使いどころ
ハローワーク 無料 受付事務・パート まず出しておく。地元志向の方に届きやすい
求人検索サイト 無料掲載+有料枠は月数万〜30万円程度 受付事務・医療事務 母集団を増やしたいとき。原稿の質で差が出る
人材紹介 理論年収の20〜30%程度 看護師・リハビリ職 急ぎで有資格者が要るとき。年収300万なら60〜90万円の負担
在籍スタッフの紹介 紹介手当を設けるなら数万円程度 全職種 定着率が高い。手当は就業規則に定めてから運用する

費用だけを見ると人材紹介は高く感じますが、看護師の欠員で診療の回転が落ちている状況なら、1か月早く埋まることの価値のほうが大きい場合もあります。逆に受付パートを紹介経由で採るのは、費用に対して効果が見合わないことが多いと感じています。金額の絶対値ではなく、埋まらないことで失っている診療の機会と比べて判断してください。

面接で見極める4つの基準

※写真はイメージです

履歴書と30分の面接で人を見抜くのは、正直に申し上げて簡単ではありません。それでも、見る項目を事前に決めておくだけで打率は変わります。私がクリニックの採用でお伝えしているのは、次のような確認事項です。

  • 前職の退職理由を、他責だけで説明していないか
  • 「わからないことが起きたとき、どうしますか」に具体的な行動で答えられるか
  • 患者さんからきつい言葉を受けた場面を想定した質問に、現実的な対応を返せるか
  • 希望する勤務時間・曜日が、自院のシフトの穴と噛み合っているか
  • 既存スタッフと会わせたとき、双方の反応に無理がないか

退職理由については、責める聞き方をする必要はありません。「前の職場で、これがあれば続けられたかもしれない、と思うものはありますか」と伺うと、その方が職場に何を求めているかが自然に出てきます。それが自院で用意できるものかどうかが、そのまま定着の見通しになります。

可能であれば、採用前に半日の職場見学や体験勤務を入れることをおすすめします。求職者側の納得感が上がり、入職後の「思っていたのと違う」が減ります。ただし、実際に業務に従事していただく形になると労働時間としての扱いが問題になり得ますので、見学にとどめるのか賃金を支払う体験勤務にするのかは、社会保険労務士に確認したうえで運用を決めてください。

採用より難しい「定着」|最初の90日で決まる

採用は入口にすぎません。私の実感として、辞める方の多くは入職から3か月以内に「ここは違う」と判断しています。その時期に何をしているかで、その後何年いてくださるかがかなり決まります。逆にいえば、この90日だけは手順を決めて運用する価値があります。

  1. 初日|担当者と到達点を伝える
    教育担当を1人決めて紹介します。「1か月後にはここまでできていれば十分です」と到達点を言葉で伝えると、新人の不安がかなり減ります。
  2. 1週目|業務範囲を紙で渡す
    やること・やらなくてよいことを書いた紙を渡します。口頭だけだと、人によって言うことが違う状態が生まれ、これが早期離職の大きな原因になります。
  3. 1か月|院長が10分だけ面談する
    院長自身が話す時間を取ります。評価ではなく「困っていることはありませんか」の確認です。ここを事務長任せにしないことが効きます。
  4. 3か月|できるようになったことを言語化する
    「入ったときと比べてここが良くなりました」と具体的に伝えます。人は、見てもらえていると感じられる職場から離れにくくなります。
  5. 6か月|次の役割を提示する
    小さくてよいので担当領域を渡します。役割があると、その方の中で「自分の職場」に変わっていきます。

この流れを回してもうまくいかない場合、原因が院長とスタッフの関係そのものにあることがあります。指示の出し方や、特定のスタッフとの距離感が現場の空気を決めてしまっている、という状況です。心当たりのある方は院長とスタッフの関係が悪化する3つの原因|信頼を取り戻す順番もあわせてご覧ください。順番を間違えると、良かれと思った行動が逆効果になります。

それから、賃金以外の定着要因を軽く見ないことです。シフトの決まり方が公平か、誰がどこまでやるのかが決まっているか、頑張った人が報われる仕組みが言葉になっているか。この3つが曖昧なクリニックでは、時給をいくら上げても人が入れ替わり続けます。

明日から始める見直しの手順

最後に、今日この記事を読み終えてから着手できる順番でまとめます。

  1. 直近12か月の人件費率を計算する(人件費÷医業収入)。
  2. 自院の離職率を出す(年間退職者数÷期首在籍者数)。20%を超えていれば、募集より定着を先に。
  3. 今の患者数に対する適正人数を確認し、本当に増員が必要か判断する。
  4. 求人票の勤務時間・教育体制・給与レンジ・写真の4点を書き直す。
  5. 入職90日の受け入れ手順を紙1枚にして、教育担当を決める。

1から3までは今日中に終わります。4と5は週末の2時間で形になります。採用は運の要素も確かにありますが、この5つを整えているクリニックとそうでないクリニックでは、同じ求人を出しても結果がはっきり分かれる、というのが私の見立てです。

なお、人件費に関わる助成金や労務の取り扱い、診療報酬上の人員配置の要件は変更されうるものです。2026年時点の一般的な考え方としてお読みいただき、実際の判断の際は最新の改定内容をご確認のうえ、社会保険労務士や顧問税理士など専門家にご相談ください。私も、迷ったところは必ず専門家に確認してから決めるようにしております。

よくある質問

Q. クリニックのスタッフ採用で、まず何から手を付けるべきですか

A. 募集より先に、人件費率・適正人数・自院の離職率の3つを確認してください。離職率が高い状態で採用を急ぐと、費用だけがかさみます。

Q. 求人を出しても応募が来ません。媒体を変えるべきですか

A. 媒体より先に求人票を直すほうが効きます。勤務時間の幅、教育体制、給与レンジ、院内写真の4点を具体化すると応募が動くことが多いです。

Q. クリニックの人件費率はどのくらいが目安ですか

A. 無床診療所で医業収入の20〜25%程度が一つの目安です。リハビリ職を抱える整形外科などは高くなります。自院の実額計算をおすすめします。

MEDICAL DIRECTOR

週4 院長 募集中|場所・科・年齢問わず

今後クリニックや有床病院を束ね、経営ノウハウを共有し共に強くなる医療機関ホールディングスをつくります。私と共に素晴らしいクリニックを経営されたい先生の「登録」を受け付けております。今すぐの転職を求めるものではありませんので、まずは内容をご覧ください。

週4院長とは(詳しく見る)

今の経営課題を整理したい先生へ

採用・集患・お金の残り方・将来の承継など、お悩みを書き出せるヒアリングシートも用意しております。内容を拝見し、私から率直な見立てをお返しします。

経営課題ヒアリングシートを開く

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

佐藤雄亮(さとう ゆうすけ)。整形外科医、横浜市立大学医学部2016年卒。医師の不動産株式会社 代表取締役。複数の法人を経営しながら、病院・クリニックの経営改善・再生と事業承継の支援に取り組んでいます。毎月220名以上の医師が参加するコミュニティを運営。著書『初心者からはじめる医師の不動産投資』。

目次