「医師は不動産投資のカモ」——この言葉を検索してたどり着いた先生は、いま勧誘を受けて不安になっているか、すでに買ってしまって胸がざわついているのだと思います。先に結論を言います。医師がカモにされるのは、医師が無知だからではありません。①与信(属性)が業者の売りたい商材と最悪の形で噛み合う、②多忙ゆえに「検討」そのものを業者に外注してしまう、③職業柄、善意の提案を疑いにくい——この3つの構造の問題です。
申し遅れました。整形外科医のいなせです。私は2019年に不動産投資を始め、現在はアパート9棟・戸建て5軒、年間の家賃収入は3,000万円を超えています。この経験をもとに毎月200名以上の医師の相談を受けており、「カモにされかけた瞬間」の報告が毎週のように届きます。この記事では、その現場で実際にあった手口を数字つきで示しながら、3つの構造を解剖します。構造が分かれば、対策は驚くほどシンプルになります。
医師の63.4%が勧誘を受けている——狙われているのは気のせいではない
日経メディカルOnlineの2026年7月の調査(2026年6月29日〜7月5日実施、回答7,856人)では、不動産投資の勧誘・営業を受けた経験が「ある」と答えた医師は63.4%にのぼりました。およそ3人に2人です。医局への電話、学会会場、同僚からの紹介と入り口は様々ですが、医師という職業がこれほど集中的に営業対象になっている事実を、まず数字として押さえてください。
そして重要なのは、これだけ狙われる理由が「医師は騙しやすいから」ではないことです。業者にとって医師が優良な見込み客になってしまう構造的な理由が3つあります。順に見ていきます。
構造①:医師の与信は、業者の売りたい商材と最悪の相性で噛み合う
1つ目は属性の問題です。医師は高年収と医師免許という強い属性を持つため、銀行の融資がつきやすい。ここまでは先生方もご存じでしょう。問題はその先で、業者が営業をかけてまで売りたい商材とは「融資さえつけば売れる物件」だという点です。
収益性の高い物件は、営業をかけなくても投資家が奪い合います。逆に、電話や紹介で医師に売り込まれる物件は、収益性では売れないから属性で売るしかない物件です。医師の与信の強さと、業者の在庫の質の低さが、ちょうど噛み合ってしまう。銀行側も、物件単体では赤字になると分かっていても「本業の収入で補填してでも返済してくれる」と踏んで融資を出すことがあります。フルローンが出ても、評価されたのは物件ではなく先生の給料袋かもしれないのです。
この構造の行き着く先が、私が以前の記事で解剖した年収1,200万円の勤務医の先生がワンルーム10戸で破産寸前になった実例です。表面利回り5%のワンルームを10戸買い、5年後に査定へ出すと、残債(ローンの残り)2,000万円に対して売却査定は1,700万〜1,800万円。持ち続ければ毎月5万〜10万円の持ち出し、売れば1戸あたり200万〜300万円の手出しで、含み損は単純計算で1,000万〜2,000万円規模でした。
付け加えると、この先生の入り口は「先輩医師の紹介」でした。紹介で物件が売れると、紹介した先輩に10万〜20万円ほどのキックバックが入るケースがあります。医師のネットワークそのものが営業チャネルとして組み込まれている——これも強い属性を持つがゆえの構造です。
構造②:多忙な医師は「検討」ごと業者に外注してしまう
2つ目は時間の問題です。外来と当直で埋まった生活では、物件の比較検討に割ける時間がほとんどありません。すると、投資で一番大事な「検討」という工程を、売り手である業者にそのまま外注することになります。相談の現場で実際にあった3つの場面をお見せします。
「築古は火災保険に入りにくい」——悪気のない誤情報
ある先生が初めて業者を訪ねた際、旧知の営業担当から「築が古すぎると火災保険に入るのが難しかったりしますよ」と言われ、検討していた築古戦略にブレーキをかけられました。実際には、築古物件でも火災保険は普通に掛けられます。私自身、築40年超や築50年の物件に保険を掛けて運営しています。
この担当者に悪気はなかったはずです。ただ、業者は自社が売りたい商材のノウハウしか持っていません。築浅を売る会社にとって築古は扱ったことのない領域で、そこから出てくる助言は誤った常識になりがちです。検討を外注すると、その相手の知識の範囲が、そのまま先生の選択肢の範囲になります。
「仲介手数料はいりません」——タダより高いものはない
別のある先生は、業者から「最初の1戸の練習に良い」と非公開物件を2件勧められました。うち1件は築60年超の連棟物件で、満室想定の利回りは11.9%。しかも「手数料はなしで良い」と口頭で提示されたそうです。数字だけなら魅力的に見えます。
ところが、この物件は直前に別の買い手が融資否決で流れたもので、さらに土地の約3割が道路として提供されている部分でした。3割が使えない土地では、土地値の計算が根本から変わります。この案件を見た私のコミュニティの別の先生が、一言で看破しました。「手数料無しということは、このまま買わせたい企みがあるということ」。業者が善意で手数料を放棄することはありません。無料にしても回収できる算段があるから、無料にできるのです。
計画書の「表紙」と「内訳」で数字が違う
ある先生が紹介された、総投資7,000万円超の新築の宿泊施設投資の企画は、建築も運営委託も同じ会社が請け負う仕組みでした。計画書の表紙には返済後キャッシュフロー年間+277万円。ところが修繕費・保険料まで織り込んだ内訳のページでは+214万円で、表紙のほうが63万円分よく見える作りです。さらに、同じ会社が運営する同型施設の実績稼働率は31%でした。
建築費と運営委託料で業者は手堅く稼ぎ、稼働率のリスクはオーナーが全部負う——そういう構造です。この先生はご自身で気づいて見送りましたが、表紙の数字だけで判を押していてもおかしくない場面でした。見るべきは表紙ではなく内訳のページ、計画値ではなく実績値です。多忙でも、ここだけは自分の目で確かめる価値があります。
構造③:善意の提案を疑えないのは、職業柄の必然
3つ目は、医師という職業そのものに由来します。病院は、患者を治すという共通の目標に全員が向かう、性善説で回る世界です。同僚の提案は患者のための善意であり、裏を疑う必要がない。この感覚のまま営業マンと向き合うと、「親身になってくれる人=信頼できる人」と判断してしまいます。契約書を病院まで届けてくれる、食事をおごってくれる——それは親切ではなく接待です。
しかも営業トークは、善意の顔で設計されています。「税金が戻ってきましたよね。それだけ儲かったということですよ」——還付金は赤字という実際の出費を作ったから戻ってきただけのお金で、儲けではありません。「10部屋持つのがミソなんですよ」——事業的規模の税制メリットは制度としては本当でも、赤字物件を10戸集めれば赤字が10倍になるだけです。制度の説明は事実で、結論だけが嘘。この作りだから、誠実な人ほど見抜けません。代表的な手口は医師が不動産投資で騙される3つの罠で、節税トークのカラクリは減価償却の罠の解説記事で詳しく解剖しています。
カモにされないための3つの防衛線
構造が分かれば、防衛線も明確になります。
- 提案は必ず売り手以外の目を通す。手数料ゼロの案件を看破したのは、利害関係のない別の医師の一言でした。セカンドオピニオンは医療だけでなく投資でも機能します
- 数字は表紙ではなく内訳で見る。修繕・保険まで込みの手残りと、計画値ではなく実績値を確認する。63万円の化粧は、内訳ページを開くだけで見抜けます
- その場で決めない。「良い物件はすぐなくなる」と営業は急かしますが、検討時間を与えない提案は、それ自体が危険信号です
そして、すでに買ってしまった先生へ。先ほどの破産寸前の先生も、売却の順番や交渉の工夫で損失を圧縮できる余地が残っていました。傷の深さは対応の早さで変わります。一人で抱え込まず、数字を一緒に見てくれる利害関係のない第三者に相談してください。
まとめ:カモにされる構造は、知れば外せる
- 医師の63.4%が不動産投資の勧誘を受けている(日経メディカルOnlineの2026年7月調査・回答7,856人)。狙われているのは事実で、気のせいではない
- 構造①与信:営業される物件は「収益性で売れないから属性で売る」物件。フルローンは物件ではなく給料袋への評価かもしれない
- 構造②多忙:検討を業者に外注すると、業者の商材知識と利害が先生の選択肢を決める。誤った常識のブレーキも、手数料ゼロの誘いも、計画書の化粧も、すべて現場で実際にあった話
- 構造③性善説:営業トークは制度の説明を事実のままに、結論だけを嘘にする。誠実な人ほど見抜けない
- 防衛線は3つ。売り手以外の目を通す、内訳と実績値で見る、その場で決めない
構造の問題は、構造を知った瞬間から効力を失い始めます。医師の不動産投資を体系的に学びたい先生には、拙著初心者からはじめる医師の不動産投資(Amazon不動産投資部門1位)もおすすめです。
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